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兵庫ゆかりの作家

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せいら青蘿

  • 元文5~寛政3
  • ジャンル: 俳人
  • 出身:江戸

PROFILE

【兵庫県との関係・略歴】
松岡氏。別号に幽松庵・栗之本・三眺庵などがある。江戸詰姫路藩士松岡門太夫の三男として生まれる。幼くして姫路藩士武沢氏の養子となり、13歳のときに美濃派の玄武坊に俳諧を学ぶ。宝暦9年(1759)、「身持不慎」として藩を追われ松岡氏に復す。その後は播州地方を本拠とし、俳諧師としての生涯を送る。明和4年(1767)、加古川に三眺庵を営み、栗之本と号した。播州の大庄屋を多く門人に持ち、栗の本一門は盛んな俳諧活動を行った。明石に蛸壺塚、淡路に扇塚を建てるなど、芭蕉顕彰に尽力している。また、青蘿は京に出て几董(きとう)・暁台(きょうたい)ほか、多くの中興諸家と交わった。寛政2年(1790)には闌更(らんこう)とともに二条家俳諧宗匠に選ばれている。加古川で没し、加古川の光念寺に葬る。栗の本の俳系は、明治まで続いた。

――やるかたのなきに見て泣須磨の月――(『青蘿発句集』)

逝去地
加古川
兵庫県との関係
居住 加古川
もっと詳しく知るために
加古川地方の文芸と教育(『加古川市史』第2巻) 富田志津子 1994 平成6年
栗の本青蘿年譜稿(「大阪大学医療技術短期大学部『研究紀要』25 1993年12月) 富田志津子 1993 平成5年

代表作品

作品名刊行年版元備考
蛸壺塚(俳諧撰集)1768
讃州金毘羅山芸州厳島詣之記(俳諧紀行)1785
青蘿発句集(俳諧句集)1797収録:『蕉門珍書百種 別巻』
指月止観の巻(伝書)

文学碑

場所 碑文
加古川市神野町善証寺跡 今日よりは頭巾の恩も知る身かな     青蘿
淡路市一宮町岩上神社 岩かみや神さびませばほとゝぎす     青蘿翁
加古川市加古川町鶴林寺 春の海鶴のあゆみに動きけり     青蘿
加古川市加古川町光念寺 ふなばたや覆ぬぎすつる水の月

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