たにざわ えいいち谷沢 永一
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昭和4~平成23
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ジャンル:
評論家
- 出身:大阪府
PROFILE
兵庫県川西市に在住。昭和4年(1929)大阪府生まれ。小学生の頃から本をこよなく愛する。大阪市立大江小学校、大阪府立天王寺中学校を経て関西大学文学部国文学科卒業。関西大学在学中の昭和25年(1950)同人雑誌「えんぴつ」を創刊し、開高健、向井敏らと活動する。「えんぴつ」解散後、関西大学大学院文学研究科に進学。博士課程修了後の昭和33年(1958)『大正期の文芸評論』を発表。関西大学教授に就任した昭和44年(1969)、「読売新聞」紙上で開始した読書コラム「紙つぶて」(昭和49年(1974)『署名のある紙礫』にまとめられる)で数々の本の魅力を語り、コラムニストとしての才能を開花させた。昭和47年(1972)文学博士の学位を取得。平成元年(1989)に関西大学教授を勇退後、評論家活動に専念。『雑書放蕩記』『書物耽溺』をはじめとする書物随筆や、ベストセラーとなった『人間通』『冠婚葬祭心得』をはじめ、多くの著書を刊行。現在も旺盛な執筆活動を続けている。昭和55年(1980)サントリー学芸賞、平成16年(2004)『文豪たちの大喧嘩』で第55回読売文学賞研究・翻訳賞、平成18年(2006)『紙つぶて自作自注』で第4回毎日書評賞をそれぞれ受賞した。平成23年3月8日、心不全で兵庫県伊丹市の病院で死去。
《 略年譜 》
年 |
年齢 |
事項 |
1929 |
0 |
6月27日、大阪市西成区で生まれる。 |
1936 |
7 |
4月1日、大阪市立天王寺第二(後に大江と改称)小学校に入学。 |
1942 |
13 |
3月、大阪市立大江国民学校初等科を卒業。4月1日、大阪府立天王寺中学校(現・天王寺高等学校)に入学。 |
1946 |
17 |
この年のはじめから、青山一郎その他の筆名で短歌を「若竹通信」「沃野」に投稿する。9月、高橋衛らと日本青年共産同盟天王寺中学班を組織し、10月24日、その機関紙「暁鐘」を創刊。 |
1947 |
18 |
大阪府立天王寺中学校を卒業。大江小学校同窓会誌「東雲」第一号が発行され、編集係となる。4月、関西大学予科に入学する。 |
1948 |
19 |
6月、大阪学生文芸部連盟機関誌「学生文芸」を創刊、編集発行人となる。 |
1950 |
21 |
1月、同人雑誌「えんぴつ」を創刊。同月中旬、森下辰夫が帝塚山学院女子高校の校舎を借りて開いていたフランス語の私塾で、開高健と知り合う。 |
1951 |
22 |
「えんぴつ」(5月1日発行)第17号をもって終刊。5月25日、「えんぴつ」解散パーティーが大阪被服会館二階サロンで開かれる。同人費残額を以て、「えんぴつ」解散事業として、開高健の書き下ろし長編小説『あかでみあ めらんこりあ』を7月付けで刊行。9月から10月にかけて旧「えんぴつ」同人の開高健・向井敏ら主要メンバー7人とともに、南淵信主宰の「文学室」に加入する。 |
1952 |
23 |
3月25日、関西大学文学部国文学科を卒業。卒業論文は「斉藤茂吉『短歌写生の説』研究」。4月8日、関西大学大学院文学研究科国語及び国文学専攻修士課程に進学する。 |
1954 |
25 |
3月25日、関西大学大学院文学研究科国語及び国文学専攻修士課程修了。修士論文は「近代文藝評論の原初形態」。4月10日、関西大学大学院文学研究科国語及び国文学専攻博士課程に進学する。 |
1955 |
26 |
11月17日、関西大学文学部助手となる。大阪府住吉区に移住する。 |
1957 |
28 |
3月27日、関西大学大学院文学研究科国語学及び国文学博士課程の単位を取得する。 |
1959 |
30 |
4月1日、関西大学文学部専任講師に就任。10月3日、近代文学懇談会設立総会が本郷の東大学士会館文館で開催され、岩城之徳ら10名と共に発起人となる。この年、TBSサンヨーテレビ劇場の作品企画グループの一員となる。 |
1961 |
32 |
6月、兵庫県宝塚市に転居。 |
1962 |
33 |
4月1日、関西大学文学部助教授に就任。
『大正期の文芸評論』を塙書房から刊行。平野謙、高見順が書評で取り上げ、注目される。 |
1966 |
37 |
2月、兵庫県川西市に転居。 |
1969 |
40 |
4月1日、関西大学文学部教授に就任。 |
1972 |
43 |
3月25日、関西大学より文学博士の称号が授与された。学位論文「日本近代文藝評論史研究」。 |
1973 |
44 |
4月1日、関西大学文学部学部長代理に就任する(昭和49年9月30日まで)。 |
1977 |
48 |
三好行雄と文学研究の方法論をめぐって論争する。 |
1978 |
49 |
10月1日、関西大学文学部学部長代理に就任する(昭和55年3月31日まで)。 |
1979 |
50 |
4月1日、関西大学東西学術研究所研究員になる。5月19日、日本近代文学会関西支部結成大会が大阪樟蔭女子大学で開催され、「鴎外・樗牛対立期」を発表。 |
1980 |
51 |
11月20日、『完本紙つぶて』でサントリー学芸賞(文学・芸術部門)を受賞。 |
1982 |
53 |
11月から読売テレビ日曜午後10時30分~11時30分ナマ番組「おもしろサンデー」に出演、翌1月からレギュラーのコメンテイターを務め、平成3年(1991)3月31日まで続く。 |
1984 |
55 |
この年に設置された大阪府織田作之助賞の選考委員となる。 |
1985 |
56 |
1月1日、「Voice」第85号より「巻末御免」の連載を開始する。 |
1988 |
59 |
大阪府立図書館基本計画策定委員となる。 |
1989 |
60 |
11月18日、文化功労(明治大正文藝評論史研究)により大阪市民表彰を受ける。 |
1990 |
61 |
1月12日、開高健死去。告別式で弔辞を述べる。 |
1991 |
62 |
3月31日、関西大学文学部教授を依願退職。4月、関西大学名誉教授の称号が授与された。 |
1995 |
66 |
新潮社から『人間通』を刊行。ベストセラーになる。 |
2004 |
75 |
『文豪たちの大喧嘩』で第55回読売文学賞研究・翻訳賞を受賞。 |
2011 |
82 |
心不全で伊丹市の病院で死去。 |
- 兵庫県との関係
- 居住(川西市)
代表作品
作品名 |
刊行年 |
版元 |
備考 |
近代日本文学史の構想 |
1962 |
晶文社 |
|
大正期の文芸評論 |
1962 |
塙書房 |
|
署名のある紙礫 |
1974 |
浪速書林 |
|
読書人の立場 |
1977 |
桜楓社 |
|
牙ある蟻 |
1978 |
冬樹社 |
|
完本紙つぶて |
1978 |
文藝春秋 |
|
読書人の園遊 |
1978 |
桜楓社 |
|
読書人の壺中 |
1978 |
冬樹社 |
|
谷沢永一書誌学研叢 |
1986 |
日外アソシエーツ |
|
回想 開高健 |
1992 |
新潮社 |
|
山本七平の智恵 |
1992 |
PHP研究所 |
|
近代小説の構成 |
1995 |
和泉書院 |
|
近代評論の構造 |
1995 |
和泉書院 |
|
人間通 |
1995 |
新潮社 |
|
書誌学的思考 |
1996 |
和泉書院 |
|
人間通になる読書術 |
1996 |
PHP研究所 |
|
人の世を確固として生きる |
2000 |
PHP研究所 |
|
人間力 |
2001 |
潮出版社 |
|
論争必勝法 |
2002 |
PHP研究所 |
|
官僚、もういいかげんにせんかい |
2002 |
講談社 |
|
書物耽溺 |
2002 |
講談社 |
|
文豪たちの大喧嘩 |
2003 |
新潮社 |
|
日本人が遺してきた知られざる名文・名句 |
2003 |
青春出版社 |
|
日本近代書誌学細見 |
2003 |
和泉書院 |
|
本は私にすべてのことを教えてくれた |
2004 |
PHP研究所 |
|
なぜ、この人だけが成功するのか-百の名言百の智恵 講談社+α新書 |
2005 |
講談社 |
|
本好き人好き話好き |
2005 |
五月書房 |
|
無私と我欲のはざまで-浮世を生き抜く |
2005 |
清流出版 |
|
冠婚葬祭心得 新潮文庫 |
2005 |
新潮社 |
|
知らない日本語-教養が試される341語 幻冬舎文庫 |
2005 |
幻冬舎 |
|
自虐史観もうやめたい!-反日的日本人への告発状 Wac bunko |
2005 |
ワック |
|
人間の見分け方 |
2005 |
エイチアンドアイ |
|
司馬遼太郎の遺言 B選書 |
2005 |
ビジネス社 |
|
名言の智恵生きる智恵-欧米の独創的な100人に見る |
2005 |
PHP研究所 |
|
バカにならないための100の名言-“本物の教養”を身につける本 |
2005 |
青春出版社 |
|
紙つぶて-自作自注最終版 |
2005 |
文藝春秋 |
|
日本人が日本人らしさを失ったら生き残れない |
2006 |
ワック |
|
執筆論-私はこうして本を書いていた |
2006 |
東洋経済新報社 |
|
人生後半に読むべき本(共著:渡部昇一) |
2006 |
PHP研究所 |
|
いつ、何を読むか ロング新書 |
2006 |
ロングセラーズ |
|
老年の智恵人生の英知 |
2006 |
海竜社 |
|
知識ゼロからの徒然入門 |
2006 |
幻冬舎 |
|
いじめを粉砕する九の鉄則 幻冬舎新書 |
2007 |
幻冬舎 |
|
この国の不条理 |
2007 |
PHP研究所 |
|
人間は一生学ぶことができる-佐藤一斎「言志四録」にみる生き方の智恵(共著:渡部昇一) |
2007 |
PHP研究所 |
|
読書通-知の巨人に出会う愉しみ 学研新書 |
2007 |
学研マーケティング |
|
知識ゼロからの論語入門 |
2007 |
幻冬舎 |
|
山本七平の叡智-日本人を理解する75の視点 |
2007 |
PHP研究所 |
|
疲れない生き方 |
2007 |
PHP研究所 |
|
性愛文学 ロング新書 |
2007 |
ロングセラーズ |
|
嫉妬の正体 |
2007 |
ビジネス社 |
|
生き方通-一生のうちにすべきこと、しなくていいこと |
2008 |
PHP研究所 |
|
運を引き寄せる十の心得 ベスト新書 |
2008 |
ベストセラーズ |
|
修養こそ人生をひらく-「四書五経」に学ぶ人間学(共著:渡部昇一) |
2008 |
致知出版社 |
|
源氏物語-時代が見える人物が解る(共著:風巻景次郎) |
2008 |
ビジネス社 |
|
嫉妬する人、される人 幻冬舎文庫 |
2008 |
幻冬舎 |
|
名作の書き出しを諳んじる |
2008 |
幻冬舎 |
|
日本人とは何か-「和の心」が見つかる名著(共著:渡部昇一) |
2008 |
PHP研究所 |
|
人間通になる秘中の名言-生き方の作法、考え方の流儀 |
2008 |
PHP研究所 |
|
人間通 新潮選書 |
2008 |
新潮社 |
|
モノの道理 |
2008 |
講談社インターナショナル |
|
上に立つ者の心得-「貞観政要」に学ぶ(共著:渡部昇一) |
2008 |
致知出版社 |
|
「孫子」を読む-勝つために何をすべきか |
2008 |
幻冬舎 |
|
ビジネスマンのための中国古典の名言100-自身がつく実践法 |
2008 |
海竜社 |
|
老子の読み方-五千言に秘められた「きらめき」をどう拾い上げるか(共著:渡部昇一) |
2009 |
PHP研究所 |
|
日本史の裏事情に精通する本 |
2009 |
PHP研究所 |
|
人間の見分け方-頼りになる人、信用できる人、大事にしたい人… PHP文庫 |
2009 |
PHP研究所 |
|
僕のうつ人生 |
2009 |
海竜社 |
|
大人の読書-一生に一度は読みたいとっておきの本(共著:渡部昇一) |
2009 |
PHP研究所 |
|
司馬遼太郎「坂の上の雲」を読む |
2009 |
幻冬舎 |
|
危機を好機にかえた名経営者の言葉 |
2009 |
PHP研究所 |
|
開高健の名言 |
2009 |
ロングセラーズ |
|
名言の力-このひと言が人生を変える |
2009 |
PHP研究所 |
|
一冊でわかる「坂の上の雲」-司馬遼太郎が伝えたもの |
2009 |
PHP研究所 |
|
組織を生かす幹部の器量-「宋名臣言行録」に学ぶ(共著:渡部昇一) |
2009 |
致知出版社 |
|
最強の「国語力」を身につける勉強法-「漢検」だけでは鍛えられない! |
2009 |
PHP研究所 |
|
日本の命運を決めた「坂の上の雲」の時代〈立志・風雲編〉 太平洋戦争研究会 |
2009 |
李白社(フォレスト出版) |
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われらの獲物は、一滴の光(共著:開高健) |
2009 |
ロングセラーズ |
|
平成徒然談義(共著:渡部昇一) |
2009 |
PHP研究所 |
|
遊星群〈明治篇大正篇補遺〉-時代を語る好書録 |
2010 |
和泉書院 |
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完本巻末御免-昭和から平成へ-時代の風を斬る |
2010 |
PHP研究所 |
|
『日本の命運を決めた「坂の上の雲」の時代』〈日露激突・雲外編〉 共著:太平洋戦争研究会 |
2010 |
李白社(フォレスト出版) |
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受賞歴
受賞年 |
受賞内容 |
受賞作品 |
1980 |
サントリー学芸賞(文学・芸術部門) |
完本 紙つぶて |
1989 |
大阪市民表彰文化功労・大阪文化賞 |
明治期の文芸評論 |
2004 |
第55回読売文学賞研究・翻訳賞 |
文豪たちの大喧嘩 |
2006 |
第5回毎日書評賞 |
紙つぶて自作自注最終版 |
2006 |
第4回毎日書評賞 |
『紙つぶて自作自注』 |
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