ふじわらのていか藤原定家
- 応保二年~仁治二年
PROFILE
【略歴】
法名は明静。京極中納言と呼ばれる。父は皇太后宮大夫俊成。母は藤原親忠の娘(美福門院加賀)。九条家・後鳥羽院・順徳院各歌壇で活躍。『別雷社歌合』以下、『六百番歌合』『正治初度百首』『千五百番歌合』(判者の1人)、『元久詩歌合』『最勝四天王院障子和歌』『内裏名所百首』『洞院摂政家百首』などの作者となる。『新古今集』撰者の1人。『新勅撰集』の撰者。日記に『明月記』。歌論書『近代秀歌』『詠歌大概』他多数。古典書写校勘にも力を注ぐ。家集『拾遺愚草』。千載集初出。
【関係】
「芦屋の里」「生田川」「須磨」「高砂」「みぬめの浦」「布引の瀧」などを詠む(新古今集・新勅撰集・続拾遺集・夫木抄など)。広田社に和歌を講じ、「松帆の浦」を詠んだ和歌は『百人一首』に選出した自らの代表作である。
- もっと詳しく知るために
-
定家明月記私抄 正・続 堀田善衛 ちくま学芸文庫
藤原定家 久保田淳 ちくま学芸文庫
藤原定家の時代 中世文化の空間 五味文彦 岩波新書
藤原定家研究 佐藤恒雄 風間書房
日本詩人選 11 藤原定家 安東次男 筑摩書房
文学碑
場所 | 碑文 |
---|---|
伊丹市春日丘6丁目 産業道路伊丹坂トンネル上 | ゐなやまの山のしづくもいろづきて しぐれもまたずふくるあきかな |
伊丹市昆陽池3丁目昆陽池公園内東 | 過昆陽池入武庫山 藤原定家 新雨初晴池水満 恩波風緩楽豊年 遠松迎我如親故 群鳥驚人争後先 暁涙伴来江館月 春望相似洞庭天 廻頭遥顧青巌路 漸隔帝都山復河 |
神戸市中央区葺合町布引公園布引滝遊歩道 | 定家卿 足引の瀧のしらいとなつくれば 絶えずぞ人の山ぢたづぬる |
淡路市淡路町岩屋松帆神戸製鋼保養所 | こぬ人をまつほの浦の夕なぎに やくやもしほの身もこがれつゝ |
淡路市東浦町久留森伊勢久留間神社「駒止の松」 | 駒止めて袖打ち払う陰もなし 佐野のあたりの雪の夕しぐれ |
神戸市須磨区関守町1丁目 関守稲荷神社 | 桜花 たか世の若木 ふりすてて 須磨の関屋の 跡うつむらむ 定家 |