おおまち けいげつ大町 桂月
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明治2~大正14
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ジャンル:
詩人・随筆家・評論家
- 出身:高知市
PROFILE
明治2年(1869)高知市生まれ。明治13年(1880)に上京。軍人を目指していたが、近眼のため断念し、明治義塾、独逸協会学校を経て第一高等中学校に入学。杉浦重剛の称好塾に学び、巖谷小波、江見水陰らと親交を持った。明治26年(1893)東京帝国大学国文科に入学。雑誌「帝国文学」で活躍した。明治32年(1899)島根県の簸川中学に教師として赴任するが、翌年の明治33年(1900)博文館に入社。「太陽」や「文藝倶楽部」「中学世界」などで活躍。高浜樗牛と硬派の評論家として並び称された。また、無類の旅行好きとして知られ、紀行文を多数著し、日本の名山を紹介する「日本名山記」の執筆計画中、十和田湖に近い蔦温泉で死去した。
《 略年譜 》
年 | 年齢 | 事項 |
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1869 | 0 | 明治2年(1869)1月24日高知市に生まれる |
1880 | 11 | 上京し、親戚の家に寄寓する。この年、父が他界 |
1893 | 24 | 東京帝国大学国文科に入学 |
1894 | 25 | 塩井雨江の妹、長と結婚 |
1898 | 27 | 東京帝国大学卒業。塩井雨江、武島羽衣とともに詞華集『美文韻文 花紅葉』を刊行し、注目される |
1899 | 30 | 島根県の簸川中学に赴任 |
1900 | 31 | 夏、博文館からの招きに応じて帰京し、博文館に入社する。 |
1909 | 40 | 酒に溺れて生活が乱れ、博文館を退社する |
1913 | 44 | 冨山房の雑誌「学生」の主宰となる |
- 逝去地
- 青森県
- 兵庫県との関係
- 舞台 淡路「浪の花」
代表作品
作品名 | 刊行年 | 版元 | 備考 |
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美文韻文 花紅葉 | 1897 | 博文館 | |
美文韻文 黄菊白菊 | 1898 | 博文館 | |
文学小観 | 1900 | 新声社 | |
日本文章史 | 1907 | 博文館 | |
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