のむら まさき野村 正樹
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昭和19~ (1944~)
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ジャンル:
小説家
- 出身:神戸市
PROFILE
1944年、神戸市生まれ。 慶應義塾大学経済学部卒。67年、サントリー株式会社入社。営業部・宣伝部・マーケティング部等で活躍。79年には流行語「シティ・ウオッチング」を提唱し、トロピカルカクテル、ブランデーアメリカンほかのキャンペーンをヒットさせる。86年には『殺意のバカンス』で推理作家としてデビュー、91年に『シンデレラの朝』で日本文芸大賞現代文学賞受賞。94年、サントリーミュージアム[天保山]開館を推進し広報部長に就任。95年春には選択定年制度でサントリーを退社・独立し、現在、NML野村オフィス代表として、マーケティング、広告、サラリーマンのライフデザイン、トレンド・世代論、都市論、推理小説等の著作・講演活動に専念。NHKラジオ『週刊トレンドマガジン』(海外向け放送)出演中。
《 略年譜 》
| 年 | 年齢 | 事項 |
|---|
| 1944 | 0 | 神戸市生まれ.六甲ですごし,高羽小学校,甲南中・高校卒業. |
| 1967 | 22 | 慶應義塾大学経済学部卒業.サントリー(株)入社・新宿で営業を担当. |
| 1968 | 23 | 宣伝部に配属・SPを皮切にマスコミ諸媒体業務を担当 |
| 1979 | 34 | 創業80周年記念論文で優勝.流行語「シティ・ウォッチング」を提唱 .トロピカルカクテル,ブランデーアメリカンキャンペーンをヒット.銀座のショウルーム「サテライトサントリー」支配人を兼務 |
| 1983 | 38 | 15年間勤めた宣伝部から移動.以後,マーケティング関連部署で働き製品開発キャンペーン,流通開発,顧客組織化など幅広く担当 |
| 1986 | 42 | 「殺意のバカンス」で推理作家としてデビュー |
| 1988 | 44 | JMA・MCEI等の組織に参加しマーケティング研究を始める |
| 1990 | 45 | 「トレンドは夜つくられる」でマーケティング・都市論著作を開始 |
| 1991 | 46 | 「シンデレラの朝」で日本文芸大賞現代文学賞を受賞 |
| 1993 | 48 | サントリーミュージアム設立準備チームに参加大阪で過ごす |
| 1994 | 50 | サントリーュージアム「天保山」開館.広告部長に就任.福井県「ゆとりライフ21研究会」委員 .翌年,選択定年制度によりサントリーを退社.以後,独立活動に入る. |
| 1996 | 51 | 通産省・余暇開発センター」日本映画活性化研究会「委員独立第一作「朝・出勤前90分の奇跡」がベストセラー入り |
| 1997 | 52 | 余暇開発センター「八ッピーマンデー研究会」委員 |
| 1998 | 53 | 文化放送 中高年の豊かな生き方研究会「しじゅうがら楽校」副学長 |
- 兵庫県との関係
- 生誕 神戸市
代表作品
| 作品名 | 刊行年 | 版元 | 備考 |
|---|
| 殺意のバカンス | 1986 | 集英社 | |
| 逢う時はいつも殺人 | 1988 | 文藝春秋 | |
| 光の国のアリス | 1989 | 双葉社 | |
| 八月の消えた花嫁 | 1989 | 集英社 | |
| トレンドは夜つくられる | 1990 | ダイヤモンド社 | |
| シンデレラの朝 | 1990 | 徳間書店 | |
| ワインレッドの殺意 | 1990 | 勁文社 | |
| 殺されてカリビアン | 1991 | 集英社 | |
| あの日マリエンバードで | 1992 | 双葉社 | |
| 辞令・自宅待機を命ず | 1994 | PHP研究所 | |
| 幽霊坂に消えた | 1997 | 読売新聞社 | |
| はちぶんのご | 1999 | マイストロ | |
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