生誕130年を記念して、中山岩太(1895-1949)の作品を3期に分けて展示します。
東京美術学校臨時写真科卒業後、1918年からニューヨークとパリで約9年を過ごした中山岩太は、当地でさまざまな芸術家と出会い、最先端の同時代の芸術に触れることで、芸術としての写真について独自の考えを育み、作品をつくりました。一方で、ニューヨーク時代から、主にポートレイトを撮影するいわゆる営業写真家としてスタジオを構え、帰国後芦屋に移住したのちも広告写真や観光写真を手がけました。そのほか、自身が指導するアマチュア写真家団体「芦屋カメラクラブ」を主宰し、各種公募写真展の審査員をつとめるなど、その写真とのかかわりは終生、多面的かつ複雑でした。本特集では、各期において、当館3階企画展示室で開催する特別展の内容と関係の深い作品を展示することで、中山岩太と多くの日本の写真家を隔てる、先鋭的な芸術に対する中山の鋭敏な眼差しと実践を紹介します。
会 場:
常設展示室4
観覧料:
コレクション展Ⅰの観覧料でご覧いただけます。くわしくはこちら
第I期では、5月25日まで開催していた特別展の主役パウル・クレーになぞらえて、中山岩太の作品における造形的な試みに注目したいと思います。
クレーは様々なイメージを画面に遊ばせ、出来上がったイメージを切り張りしたり、回転したり、絵の具や支持体の肌理やしわといった作品のすみずみに細やかな愛情を注ぎました。中山岩太も作品に登場する様々なモチーフについて、クレーとはまた異なる美意識と集中力をもって向き合い、小さな宇宙にも似た作品を生み出しました。中山はそれらを「純写真」と呼んでいますが、その創作を支える造形感覚、丸や四角、直線と曲線の組み合わせが織りなす構図の妙を楽しむ様子は初期の静物や風景写真にも見て取れます。
中山が主にした銀塩写真ではクレー作品のような色彩表現は叶いませんが、目を凝らせば白と黒の間には無限とも思える諧調の変化があることに気づきます。ネガとポジを巧みに織り交ぜ、ものの形がそのままシルエットとして定着するフォトグラムと呼ばれる特殊な技法を巧みに操り、そうして現れたイメージの数々を卓越した技術によって組み合わせることで生まれる漆黒の夢の世界。他に類を見ない中山岩太の純写真芸術をどうぞお楽しみください。
中山岩太は、東京美術学校臨時写真科時代からの渡欧の夢を持っていました。この夢は、同校を卒業した1918年秋、農商務省海外実業練習生として写真材料研究のため渡米することで実現します。1年足らずを西海岸で過ごしたあと、ニューヨークに移り菊地東陽のスタジオで働いていた中山は、当地で正子夫人と結婚。そして、1921年秋、5番街542番地にスタジオを構えました。自活しながら芸術の道を歩む準備をはじめることに決めたのだと考えられます。さまざまな在米日本人とつきあいましたが、中でも画家の清水登之、舞踊家の石井漠やニョタ・インニョカらとの関係は重要です。このアメリカ時代にモダニズム芸術の先鋭部分に触れたと思われますが、自身の存在に関係する表現の問題としてそれを理解しえたのはパリにおいてでした。パリで知己を得た藤田嗣治からは、進むべき道を作ることからまず始めるべきであること、そして、写真の分野では、世界に伍する独自の表現を開拓する可能性が大きく開かれていることなど、大きな啓示を受けたはずです。今回の展示では、8月17日まで開催の特別展「藤田嗣治×国吉康雄」と連動して、ニューヨーク、パリ時代の作品を中心に展示します。中山のその後の展開を内包する、若き日の作品を堪能ください。
第Ⅲ期では、帰国後の中山岩太の展開をご覧いただきます。1927年にシベリア鉄道経由で帰国した中山は、最初は東京で華族会館の写真師としてつとめますが飽き足らず、正子夫人のつてにより初めて芦屋を訪れ、当初は東京と芦屋を往復しますが、その後家族を芦屋に呼び、やがて関西を拠点に活躍するようになりました。1930年には「芦屋カメラクラブ」を結成、同年の第1回国際広告写真展に《福助足袋》を出品し1等賞を受賞します。1932年には野島康三や木村伊兵衛らと写真雑誌『光画』を創刊、1936年には増築された神戸元町の大丸神戸店に開設された「大丸写真室」を任され、芦屋のスタジオとの往復の中で、注文写真の撮影の一方で様々な写真作品を手がけていきました。今日広く知られる《上海から来た女》などの代表作のほとんどが、帰国後の神戸・芦屋時代に撮影されたものです。
中山は、神戸・阪神間で戦前に展開された文化現象である「阪神間モダニズム」にも深く関わります。「第1回神戸みなとの祭り」の連作写真、タカラジェンヌや文化人たちをとらえたポートレイト、神戸市観光課の委嘱により手がけられた〈神戸風景〉の連作などは、絢爛豪華な阪神間モダニズムの輝きを今にとどめるレガシーともなっています。同時期に開催する「リビング・モダニティ」展でも繰り広げられる文化的生活の諸相と比較しつつ、戦前に中山の眼と感性がとらえた数々の作品の醍醐味をお楽しみください。