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妹尾 河童

せのお かっぱ妹尾 河童

  • 昭和5~(1930~)
  • ジャンル: 舞台美術家・エッセイスト
  • 出身:神戸市

作品名

少年Hと少年A(共著)

刊行年

1998

版元

PHP研究所

概要

「H」の文字が入ったセーター

友だちから「エッチ」という綽名を付けられたのも、お袋がHという文字を編んだセーターを僕に着せたからだ。それも、ナイフとフォークを贈ってくれたミセス・ステープルスと関係があった。アメリカから送られてきた手紙の中に、ステープルスさんが横文字入りの洒落たセーターを着て笑っている写真が入っていた。お袋は、いいと思うとすぐつんのめるように実行する人だったから、さっそく息子に「H.SENO(原本はOの上にオーバーライン)」と文字を刺繍(原本はいとへんに粛の旧字体)したセーターを着せた。昭和十二年頃にそんなセーターを着ている人などいなかったから、目立つのには参った。
ある日、街を歩いていると、見知らぬ小父さんから「君はセノオ君やな」と言われた。「なんで僕の名前を知ってるの?」と聞いたら、「セーターの胸に書いてあるがな。名札をつけて歩いているようなもんやから、だれでもわかるわ」と言われて、驚いた。そこでお袋に、「もうこんなセーターは着とうない。どうしてもというんなら、『肇』のHだけにしてよ。Hの一文字だけやったらぼくの名前わからへんから」と頼みこんだ。そうしたら今度は、スーパーマンのSみたいに、胸にでっかく「H」と刺繍(原本はいとへんに粛の旧字体)したのを着せられることになった。その異様なセーターを見た友だちから早速「エッチ」「エッチ」と呼ばれるようになってしまった。HとBは、鉛筆に刻印されていたから、子供たちが最初に覚える横文字だったわけだ。
僕が住んでいたのは、鷹取駅の南で、須磨に近かったが工場や市場、商店が住宅の間に点在していたので、住民もさまざまな人がいた。女装が似合うお兄さんがいて、召集令状が来たのに脱走して結局廃屋となったガソリンスタンドで首を吊ったり、斜め向かいのうどん屋の出前の兄さんは、思想犯として特高警察に追われて屋根づたいに逃げ回って逮捕されたりした。そんな街の中の人々の様子を見ていたのが悪ガキの少年Hだった。

『少年Hと少年A』(講談社文庫) 33P


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  友人の言葉に背中を押される

あの時代を書いてみようかな、と思ったのは、もう六、七年前のことになる。でも書くとなると、僕の中の思い出したくない記憶まで呼び覚まさなければならないから、ためらっていた。それでもいよいよ書かなければいけないかなと思ったのは、四年ほど前に二人の友人の言葉に、背中をポンと押されたからだ。
一人は立花隆さんである。彼の家に遊びに行くと、何回か少年時代のことを聞かれた。立花さんは話を聞き出す名手だから、ついしゃべらされてしまう。「ふ一ん、お父さんのお客にアメリカ人やイギリス人が多かったっていうことは、戦争になったときどうなったの?」「そのとき河童さんは何歳だった?戦争が始まったことをどう思っていたの?」。根掘り葉掘り、質問にのせられて答えているうちに、彼が、「河童さんの子供の頃の話は面白いねえ。それをそのまま小説として書いたらどう?あとは小説で読ませてもらうよ」と言った。「ええっ、小説って僕、書いたことないし、どんなふうに書いていいかわからないし……」と言うと、「エッセイより小説のほうがディテールを書き込める。それに、自分のことを書く照れも匿せる。これは小説だよって言いながら、自分を人ごととして本当のことを書けばいいんですよ」と言った。
もう一人は澤地久枝さん。澤地さんは僕と同じ昭和五年生まれだが、少女時代は満州の新京(現・長春)にいて、同じ時代を生きていた。ところが、それぞれの体験はまったく違っている。「河童さんの話を聞くと、同じ年の生まれでも、性が違い、育った場所が違うと、まったく体験も違うわね。それに河童さんは、当時の大人には見えなかったことを見ている。あなたがその少年の頃見ていたことをそのまま書いてほしい。戦争体験者として、次の世代の人たちのために、あの時代を書き残す義務があるわよ」と言った。(後略)

『少年Hと少年A』(講談社文庫) 125、126P


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