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水木 しげる

みずき しげる水木 しげる

  • 大正11~(1922~)
  • ジャンル: 漫画家
  • 出身:鳥取県

作品名

ほんまにオレはアホやろか

刊行年

1978

版元

ポプラ社

概要

マントの下は褌

(前略)
さて、トモエ画劇社には、小さな中年の男がおり、彼が主人のようだ。ぼくは、見本にかいてきた絵をみせ、仕事の話に入りかけると、台所の方から、細君とおぼしき大声が、
「うちゃあ、いらないよっ」
どうやら、細君がトモエ画劇社の指導権をにぎっているらしい。
ぼくがすごすごと戻ってくると、紙芝居画家は、
「ほなら、林を紹介しょ」
彼は地図をかいてくれた。
おそろしくきたないビル。元小学校を引揚者寮にしたものだった。ドアもかつて見たことのないほどアカで黒光りしている。昼間なのに廊下はまっ暗。そのすみには、こうもりらしきものが二、三匹住んでいる。
ドアをあけると、いきなり寝室で、こわれかけたベッドが二つ。そこに立っていたのが、『黄金バット』風の怪紳士。なんと、彼は家の中なのに(しかも夏)、マントを着ている。これが、林画劇社の主人なのだ。
ぼくがおずおずと話をきりだすと、怪紳士は、ドクロのような顔をニンマリとほころばせ、リンゴ箱でつくった棚から、先輩作家の作品をとりだしてくれた。
その時、怪紳士が、なぜ室内でマントを着ているかわかったのだ。棚へ背伸びした怪紳士のマントがめくれ上がると、その下には褌が見えた。彼は、マントの下は褌一つの丸裸なのだ。
怪紳士は、先輩画家の絵をしめしながら、
「うちにゃ、勝丸さんという大家が時々お見えになるから、勝丸先生にあんたの絵を見てもろてから、採用するかどうかきめよう」
「勝丸先生は、こんどはいつこられますか」
「ちょうどええ、明日や」
つぎの日に、また、怪紳士の巣窟を訪れた。
ドアをあけると、ベッドにはシュミーズ一枚の細君が寝ており、かたわらには、やはりマントを着た怪紳士がいて、
「ああ、この方が勝丸先生や」と、ぼくを紹介してくれる。
暗い部屋のすみを見ると、唐獅子のような四角い顔をした人がベッドの下あたりにいる。これは第二の怪紳士だと、胸をどきどきさせていると、勝丸先生はにこやかに、
「あ、とてもおもしろい絵です。二百円でいただいときましょう」
と、顔に似合わずやさしい。その上に、
「どこに住んでらっしゃるんですか」
はぎれのいいことばで、世間話までしてくださるのだ。
「はあ、新開地近くの水木通りです」
「ああ、水木通りね。ぼくの家と近いじゃないの。遊びにいらっしゃい」
というやりとり。聞くところによれば、勝丸先生は、紙芝居を演じさせては日本一の人だという。さすがに、会話の間合いにソツがなかった。
三日ばかり後、ぼくは第二作目をもって、林怪人の本部を再訪した。ところが、手元に金がないという返事。ぼくは、金をもらうつもりで来ているから、帰りの電車賃はもってきてない。まるで、神風特攻隊のように、片道の燃料しかもっていないのだ。
「それではこまります」
「じゃ、近所から、ちょっと借りて来る」
二時間ほど待たされて、やっと、今回の二百円ほどがわたされた。
どうやら、林怪人の本部はあまり景気がいいわけではないようなのだ。いくら昭和二十七、八年頃でも、三日かけてかいた一巻(十枚一組で一巻である)が二百円では、それほどうまい話でもない。現在の二、三千円ぐらいなのだ。しかも、電車賃を払って、時間をかけてでかけて行き、さらに、すぐには金が出ないようなことまであるのではたまらない。
勝丸先生は独立するというようなことをいっていたし、相談かたがた訪問してみることにした。ところが、先生の話していたあたりに、いっこうそれらしい家はない。おかしいなあと思いながら、さがしまわっていると、先生の「家」は、家だと思ったのがいけなかった。小屋だったのである。
「やあ、いらっしゃい」
 戸をあけると、勝丸先生の声。しかし、戸のすぐそばから、勝丸先生の座っているところまでは、ヤカンやらチャワンやら、近寄ることもできない。先生はそれらをたくみにのけて道をつくり、ぼくを招いてくれた。
「じつは、水木さん」
「いや、私、武良というんですが」
ぼくの本名は、武良茂というのだ。境港のあたりにだけあるめずらしい姓である。しかし、先生の方は少しも意に介さず、水木さんと呼ぶ。水木通りに住んでいるので水木さんということらしい。ヤクザの親方が、その地名で呼ばれるようなものなのだろうか。ともかく、これを機会に、水木しげるというペンネームが生まれることになったのだが。
(後略)


『ほんまにオレはアホやろか』(新潮文庫)新潮社 P.140?146

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