きし くにぞう喜志 邦三
- 明治31~昭和58(1898~1983)
- ジャンル: 詩人
- 出身:大阪府堺市
作品名
海港の秋
概要
一線なかぞらを劃るたかい壁だ、
銹(原本はかねへんに粛の旧字体)銀いろで
海までつづくながい壁だ、
これは海港の秋の夜の月につめたい敷石の道だ。
清新な愛の交錯――さらばとて
市街のうしろの、青い
感傷の丘にたつ館をいでて、窃かなれども、
君と散策する、この秋、秋、秋……
かなたには怪異の瞳の並列する窓ばかりが、
瞬きかはせど、ああこの沈黙……
石をあゆむわくらばの跫音もなくて。
歪められた街灯の陰影、これは
情緒の花びらのふるごとくで、
霧だ、霧だ、海岸ちかいこの道の、壁の青白。
しかして海港の秋の夜ぞ、
晶玉の庭をさながら、冷たくきよく
異邦のをとめの
窓にある漏刻の砂のおとさへきこえてくる。
ああかくて我にある尖鋭な愛の交錯、秋の日の
一切の感覚の頂点は――
死の日のごとくで
君と逝いて、透明の海底をあゆむ幻……
『兵庫県文学読本 近代篇』のじぎく文庫 14?15P
(注)コンピューターシステムの都合上、旧字体・別体は表示できないため新字体で表示しています