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兵庫ゆかりの文学

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薄田 泣菫

すすきだ きゅうきん薄田 泣菫

  • 明治10~昭和20(1877~1945)
  • ジャンル: 詩人・随筆家
  • 出身:岡山県倉敷市

作品名

離愁

概要


三月十二日、神戸沖に錨おろせる汽船讚岐丸の二等室の食堂を出づるもの四人、先なるは此度海を超えて西の邦の大学に遊ばんとする抱月氏、次なるは柏蔭氏、春草氏及び吾、京都より難波より抱月氏の行を送らんとて来り集へるなり。梯を攀ぢて一等室の甲板にいたる。さき程郵船会社の小蒸気船に乗合したる遊学生の三人四人、稍離れてこれは見送人の団躰なるべし、麦酒樽のやう腹太りたる、赤ら顔の前額禿げあがれる、椿の花形したる帽子背様に冠り、顔付ルウソウの石版絵に似たる、傴僂の大丸髷結ひたる、頤に指頭の痿ある萠黄袴の西洋婦人、そが娘とも見ゆるブロンテの、兎もすれば事々しう眼鏡もち添へてあたり眺むる、孰れも落付かぬ様は心入らぬ受答するにても知らるべし。階を下りてここの食堂に行けば薄闇き室の片隅、拭き清められたる食卓をなかに、頬鬚の人ふたり、一人は白きも交りたるが、麦酒傾けつつ、頻りに海外貿易の現状など語る風なり。吾等の足音に声稍細めたるらしきに、興妨げんも心ならずと、再び甲板に現はれて、北の方神戸の市街を眺めやる。
濃藍色の天残りなく晴れ渡り、弥生始めの暖かき光新醸の如く溶けて諏訪山つづきの丘陵に流れ、麓より海辺に拡がれる市の建物ほとほと酔へるに似たれど、壁のかがやき、甍の黒み猶あざやかに認むべし。波止場に行きかふ人の幾人、歯並に繋げる和船の群、程近う左手の丘の如く浮べる汽船、某号の甲板に人影見えぬまで白き湯気立ち騰れる、世話女房めきたる小蒸汽船の引切なしに彼是に駈けまはれる、さては逍遙の短艇、水上警邏の船――海の上に、陸の上に、人は機械の如く休む間も無く労し且つ罵しりて、耳聾ひるまで騒がしうはあれど、猶穏やかなる事大寺の庫裏に佇めるにも譬へうべきか。斯くても何すれぞ吾胸のふるき痛みに堪へざるものあるや、この日、この時、悲むもの、憤ほるものあらば其人は確に罪せられたりとせんも言ひ過ぎじとは自らも知りぬ、さらば其もよしや、宿命の矢痕とはに癒え難う、平和なく、閑寂なく、快楽なく、健康なく、誇るべき誉なく、酔ふべき愛着なく、常に煩悶と放浪と争闘とのみを伴とする吾は、いかにしても童女の如く嬌えて自然に対する能はざるなり。今船頭を掠め去る鴎(原本はとりへんに区の旧字体(匚の中に品))、わが心もまた自由なる翼具すれど憂愁に力おとろへで羽叩するだに堪へず、常には弱きを忌み嫌ふ身の、今日は涙垂れてひとへに汝の世をぞ羨む。
後方に立てる支那の男二人、笑ましげに何を語るや、寧ろ口噤ぐこそよけれ。吾は最早何が故に甲板に立てるかをだに解し難うなりしなり。


解纜の時刻近づきたれば抱月氏と別れを叙して小蒸汽船に移る。相つぎて梯子をくだる見送りの人、離別の顔いまさらに飽き難う、涙の眼光に甲板の人ふり仰ぎて寂しげに笑みかはすめり。離魂烟の如くまよひて、人優しき事羊のやう、席相譲りてあるは立ち、あるは凭れぬ。やがて吾が船の遠ざかり行かんとするに、見送りの人いづれも夢より醒めしかのけはひに、つと立ち上り犇めき合ひて、舷に身を伸しながら名残を惜む。讚岐丸には今し錨繰るらし、けたたましく鉄鎖のきしる音して、低き帽着たる船員の左右に飛びちがふなかに、旅客の多くは皆甲板に現はれ、身動きもせず欄に凭れて、離愁の情に堪へざらんやうなり。
三丁の距離に船止まること二分、やをら動き出で、再びかなたへ近寄る。欄の人打ち笑むが、明らかに見らるる頃ほひ、さと斜に前を横ぎりてまた漸く遠ざかり行かんとす、彼方此方一斉にあるは帽あげ、あるは手帛振りなどするが中に、此は何のあでやかさぞ。静かに甲板に立てる抱月氏より六尺を離れざるべし、黒髪房やかに束ね、きらびやかなる帯胸高に結びたる少女の、白き腕かざして一念に帛振るがあり。海に来て言ふべき事ならねど、まだ恋知る齢にはあらじ、あどけなき別離の愁を分つは誰が子にか、同じ舷にありながら夫と見わき難かるが物足らぬ心地す。海俄かに傾きかかりて、讃岐丸は徐かに揺ぎいでつ、今はとて諸手さしあげて別離の情通ずるに、抱月氏も帽子脱ぎて会釈するよと見えしが、つと大跨に甲板を右へ歩きいでぬ、己が室へと急ぐなるべし。鴎(原本はとりへんに区の旧字体(匚の中に品))の五つ六つ勢ひ込みて波頭を掠めしが、舷近う来かかりし頃、急かに群分れて中空に瓢へり去んぬ。甲板の顔さきに卵子のやう、いま指頭のやう。さては汽船某号の舳に障られて、郵船会社の旗章のみ漸く見わけらるるやうになりし頃には、吾等の船は早くも波止場に着きぬ。争ひて陸に上る人、ルウソウの君、麦酒樽の翁、萠黄袴の洋婦人、傴僂の丸髷など乗合の縁を分つべき誰彼、いづれも踵の音軽う、忙がしげに各がじしの方角とりて市の混雑に隠れ入りぬ。逐はるる如く吾も波止場にあがりしもののこれより何処に行かん身ぞや。ああ征帆一万里、海広きこと窮りなきも、猶泊すべきの港は定まりぬ、遊子瓢蓬として適帰するの地なきもの、寧ろ甚だ悲しからずやと海顧みて首うなだる。いま彼所に吾を指して冷笑ひする税関の司、汝と大学教授と共に小賢しき事猿にも劣らざるべし、そは真に驚くべき名誉なり。而も其故を以てながなが吾が悲歎を防ぐる事にあらざれや。

『兵庫県文学読本 近代篇』のじぎく文庫 4?7P


(注)コンピューターシステムの都合上、旧字体・別体は表示できないため新字体で表示しています

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