もり はな森 はな
- 明治42~平成1(1909~1989)
- ジャンル: 詩人・児童文学作家
- 出身:兵庫県養父郡(現、朝来町)和田山町
作品名
じろはったん
刊行年
1973
版元
牧書店
概要
疎開の子どもたちがきて、おおかた一年たった。
その冬は、雪の多い年でな。
くる日も、くる日も、雪が降った。
子どもたちは、はじめは、雪が積もると、よろこんで、境内で雪合戦したりして遊んだ。
けども。
雪が降っても、学校へは、いかんならん。
人通りのないお寺の坂道は、すぐに雪が積もる。
朝、学校へいくときには、じろはったんが、雪かきで、坂の下まで雪をかいていく。
じろはったんの、雪かきいうのはな、三角の板に柄をつけて、それをおして、雪をのけていくんや。
その雪かきは、和尚さんがつくんなった。
村の子どもは、ゴムの長ぐつをはいとる。しかし、疎開の子どもは、長ぐつもゴムぐつもない。
雪の上を、運動ぐつで、あるかんならんのや。
くつは、じきに、びしょびしょにぬれてくる。
くつの底に、ワラをしいても、ワラを通して水がしみあがってくる。
積る雪は、まだいいけれど、みぞれの降る日はこまってな。
くつ下は、いつも、びしょぬれや。
教室には、ストーブがたいてある。
石炭なんぞ、買うことはできへんときやから、子どもたちの、もちよりの、たきぎやった。
「疎開の子のくつ下は、くさい、くさい。」
と、いわれるので、遠りょして、ストーブでかわかすことは、ようせんし、毎日ぬれたくつ下で、一日すごし、ぬれたくつはいて、かえってくる。
みんな、手や足に、しもやけができてな、ひどいことになって、かわいそうやった。
和尚さんとわたしは、村役場へいって、長ぐつの特配をたのんだけれど、二十なん足、しかも大小の長ぐつを、いちどに、そろえることはむりなことやった。
婦人会のおばさんたちに、事情を話して、長ぐつ集めに協力してもろたんや。
どうにか、子どもの人数分は集まったけど、おとなの古ぐつが多うてな。
足が、ふたつはいりそうなくつを、ゴボリゴボリいわせてはいたり、せっかくはいても、底が破れとって、水がしみてきたり。
それでも、運動ぐつよりはよかった。
しもやけは、ひどうなる。くすりはない。
ほんとに、かわいそうでな。
「こんなとき、雪の下をしぼって、汁をつけてやるとええんやけどな。」
と、和尚さんが、いいなった。
それをきいとったじろはったんが、ヒョロリと立って、そとへでていった。
見たら、そとで、雪かいとるんや。
上の方の雪をのけて、下の方の雪を、てぬぐいにつつんで、もってはいってきてな、
「これ、雪の下の方や。」
いうたんや。
「そりゃそうや、雪の下には、ちがいないな。」
いうて、大わらいや。
雪の下いうのは、植物や。
夏なら雪の下は、どこの家にでもあるんやけど、それこそ、雪の下では、くさってしもとるわな。
電報配達から、かえってきたおっかあが、
「しもやけにはな、ホオズキの干したのを煎じて、つけてやったら、いちばんええんやそうや。」
と、いうた。
ホオズキの干したのは、子どものせきぐすりやいうて、夏の陰干しにしとる家があるもんや。
「あ、そうや。観音さんのとなりの、お光あんねな、ひょっとして、あそこにあるかもしれへんで。じろはち、いって、たずねてこいや。」
と、おっかあがいうた。
「ホオズキの干したんやで。」
「ホオズキの干したん。
ホオズキの干したん。」
「そうや、そないいうてな、『ある』いいなったら、どうぞわけとくれいうんやぞ。」
おっかあは、くり返しくり返しいうた。
「ホオズキの干したんやのう。」
なんども念をおして、じろはったんは、でていった。
夕方から、雪がチラチラしはじめた。
日が暮れても、じろはったんが、もどってこん。
「どこまで、いってしもたんやろ。」
いうて、みんなが心配しとったら、オイオイ泣きながら、雪をかぶって、もどってきた。
「ないわえ。
なかったわえ。」
と、いうんや。
ようきいてみたら、村じゅう、ぜんぶの家を、一けん、一けん、
「ホオズキの干したんないか。」
いうて、たずねてまわったんやそうや。
どこにも、ホオズキの干したのが、なかったんや。
それから、四、五日して。
じろはったんが、大きな、ふろしきづつみをせおうて、かえってきた。
あけてみたら、大根葉の干したんや。
「これを煎じて、その湯の中で、足をぬくめてやれ。」
いうて、たたみ屋の三吉っあんが、おくれたんやそうでな、ほんとに、ありがたかった。
さっそく、大釜で、大根葉を煎じたんや。
茶色の汁が、たくさんできた。
ゆでた大根葉も、そまつにしてはならん。ざるにあげて、水きっといたんや。
煎じ汁で、子どもたちの足をぬくめてやった。
たらいにいれて、その中へ、子どもふたりずつ、はいらせてな、しばらく足をつけさせとくんや。はじめはぬるいのにいれて、すこしずつ、あつい煎じ汁をたしていったんや。
「はい、つぎの子。」
「はい、つぎの子。」
いうて、順番にいれてやった。
大根葉は、からだがぬくもるいうことや。
さて――。
ざるにあげて、水きった大根葉、どうしたと思う。
こまこうにきざんで、油でいためて、子どもたちに、たべさせたんやで。
『じろはったん』アリス館 117?126P