J・J・グランヴィル(1803年-1847年、本名ジャン=イニャス=イシドール・ジェラール)は、19世紀前半のフランスで活躍した代表的な諷刺画家・挿絵画家です。動物と人間が変身・合体し、生物と無生物とが混交する幻想的作品は、20世紀のシュルレアリスム絵画を先駆するとさえ評されます。本展は、国内有数のグランヴィルのコレクターであるM氏が所蔵する書籍約20冊と、そこから分割したシート作品約200点などを一堂に展示し、近代美術史の中でも類まれなイマジネーションの持ち主であったグランヴィルの足跡をたどります。
ナンシーに生まれたグランヴィルは、成人後パリに出てイラストレーターとして活動を始めます。リトグラフによる風刺画シリーズ『パリのブルジョワの日曜日』(1827年)で注目を集めた彼は、人物を動物に見立てたリトグラフ集『当世風変身譚』(1828-29年)でさらなる名声を得ます。その後、特に、編集者シャルル・フィリポンによる諷刺新聞『ラ・カリカチュール』に活躍の場を得て、政治や世相を揶揄する作品を次々と発表しました。
1835年の『ラ・カリカチュール』休刊以後は、『ラ・フォンテーヌの寓話』(1838年)、『動物たちの私的公的生活情景』(1842年)といった木口木版を主体とする挿絵本がグランヴィルの主な活動の舞台となりました。これらの作品は、『当世風変身譚』以来彼の得意技となっていた動物化された人間のイメージの発展型と見なすことができます。また、『もうひとつの世界』(1844年)では、人間と動物とのありとあらゆる合体や変形、さらには生物と非生物の混交にいたるまで、めくるめくイメージの奔流を見ることができます。
晩年になると辛辣な諷刺性や奇抜なイメージはいくぶん後退し、『生きている花々』(1847年)や没後出版された『星々』(1849年)のように、美しい女性を花や星に見立てたロマンティックな世界を描くようになります。これは、1842年に亡くなった最初の妻アンリエットの面影を反映させたためとも言われます。一方、死後発表された《第一の夢:罪と贖罪》に描かれた夢想的なイメージの変容は、奇想の作家グランヴィルの絶筆にふさわしいものです。