大和物語
- 巻号:百四十七段
- 作者:未詳
内容
当時(そのかみ)、生田の川のつらに、女平張(ひらばり)をうちてゐにけり。かかれば、そのよばひ人どもを呼びにやりて、親のいふやう「たれもみ心ざしの同じやうなれば、この幼き者なむ思ひわづらひにて侍る。今日いかにまれこの事をさだめてむ。あるは遠き所よりいまする人あり。あるはこゝながらそのいたづきかぎりなし。これもかれもいとほしきわざなり」といふ時に、いとかしこくよろこびあへり。「申さむと思ふ給ふるやうは、この川に浮きて侍る水鳥を射たまへ。それをいあてたまへらむ人にたてまつらむ」といふ時に「いとよきことなり」といひて、射るほどに、一人は頭(かしら)のかたを射つ。今一人は尾の方を射つ。当時(そのかみ)いづれといふべくもあらぬに、女思ひわづらひて、
すみわびぬわが身投げてむ津の国の生田の川は名のみなりけり
とよみて、この平張はかはにのぞきてしたりければ、づぶりとおちいりぬ。親あわてさわぎののしるほどに、このよばふ男二人やがておなじ所におちいりぬ。
場所
生田川 (いくたがわ)
現在地
神戸市中央区生田町を流れる川