平中物語
- 巻号:三十五段
- 作者:未詳
内容
また、男、いささか人に言はれ、騒がるることありけり。そのこと、いとものはかなき空言(そらごと)を、あだめける人のつくり出でて、言へるなりけり。さりければ、「かう心憂(う)きこと」と、思ひなぐさめがてら、「心もよらむ」と思ひて、津の国の方(かた)へぞ行きける。忍びて知る人のもとに、「かうてなむ、まかる。憂き事など慰みやする」と言へりければ、
世の憂きを思ひながすの浜ならば我さへともに行くべきものを
とある返し、
憂きことよいかで聞かじと祓(はら)へつつ違へながすの浜ぞいざかし
と、去(い)にけり。行きつきて、長州の浜に出でて、綱引かせなど遊びけるに、うらうらと、春になりければ、海いとのどかになりて、夕暮れになるままに、いつの間にか思ひけむ・・・・・。
場所
長洲浜 (ながすのはま)
現在地
尼崎市長洲町