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陳 舜臣

ちん しゅんしん陳 舜臣

  • 大正13~(1924~)
  • ジャンル: 小説家
  • 出身:神戸

作品名

三角犯罪

概要

「三角犯罪」

陳舜臣

    5
青井満夫は、前科三犯のしたたか者であった。しかし、警察としては、シロウトの犯罪よりも、クロウトのそれのほうが筋を辿りやすいのである。
青井の専門は空巣狙いであった。特技は、忍びこんだ家のなかで、めぼしいものをさがし出すのが早いということだ。宝石類や札束のにおいを、すぐに嗅ぎつける才能をもっている。――警察のブラックリストには、そう書きこまれてあった。
事件がおこると、暗黒社会のシンジケートのうごきが活発になる。彼らのなかには、いろんな系統があり、複雑な線をもった敵対関係が存在している。
青井が殺されたというニュースが伝わると、さっそく警察にタレコミがあった。
――ミツは半年まえに安達のところをおん出て、行方をくらましていた。
――親分の安達の女とデキてしまったんだ。
――安達組では、眼の色をかえて、ミツをさがしていた。
――みつけたら、遠慮なくたたき殺してやるといきまいていた。……
なかには面白半分の誤報もあり、事実としても、いささか誇張されたのもあるだろう。捜査本部ではそれを冷静に分析した。
ミツこと青井満夫が殺された背景は、しごくかんたんであるようだった。
安達というのは、空巣や窃盗などけちな犯罪者の親分であった。年はもう七十である。それが二十二、三の女を妻にしていた。子分の青井がその女と駆け落ちをしたのが半年まえのことである。関西から逃げ出したのだが、やはりよその土地では水が合わないのか、またひそかに戻ってきたという噂があった。
安達組では色めき立ち、青井の行方をさがしはじめた。
青井に岡村という弟分がいた。ビル荒しが専門である。関西に来れば青井は岡村に連絡するだろうと思われていた。それほど親しい間柄であったらしい。岡村は安達組から、もし青井がすがたをあらわせば、すぐにしらせるようにと言われていた。――というよりは、そう脅迫されていたのである。
予想どおり、青井は尼崎の岡村のところに電話をかけ、神戸で会いたいと言ってきた。
犯罪常習者というのは、おおむね性格が弱い。仲間と肩を寄せ合っていなければ、安心できないという弱さがある。彼らがすぐにグループをつくりたがるのも、それで仕事をうまくやろうという目的のほかに、やはり群れのなかにもぐりこもうという、習性がそうさせるのであろう。
青井が岡村を呼び出したのも、緊急の用件があってのことではない。かなり信頼できそうな昔の仲間の顔を見て、自分を落ち着かせようという、奇妙な心理があった。
そのほか、彼らのあいだにそれで命のやりとりもしかねない『見栄』というものもあった。
――おれは犬や猫みたいに追いまわされているんじゃないぞ。これで、ちゃんと仕事もあって、けっこうやっているんだ。
青井は湊川新開地の喫茶店で、岡村にそう言って胸を張ったそうだ。その話を岡村の口から、安達組やそのほかの昔の仲間にも伝えてもらいたいと、期待していたのにちがいない。
青井はかつて弟分の岡村を可愛がって、よく面倒をみてやった。といっても、青井は岡村を全面的に信用するほど、甘くなかったのである。岡村に尾行がついていないかどうか、慎重にたしかめてから、すがたをあらわしたようだ。そして帰りも、一しょにタクシーに乗り、第二阪神国道の、電話をかけるにも百メートル以上は走らねばならない地点で、岡村をおろし、自分はそのまま車でどこかへ行ってしまうという、気の配り方であった。岡村は青井が関西に戻ってきたことを、そのあとで、安達組にしらせておいた。
彼らは口が堅いようにみえるが、じつはあまりしまりがないのである。岡村も何人もの仲間に、青井と会った話をもらし、得々と事情を説明している。
(後略)

『六甲山心中』中央公論社 109P?111P

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