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兵庫ゆかりの文学

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阪本 勝

さかもと まさる阪本 勝

  • 明治32~昭和50(1899~1975)
  • ジャンル: 作家・評論家・政治家
  • 出身:兵庫県尼崎市

作品名

沙苦利先生

概要

吾輩も猫である。名前はまだない。
吾輩は今、神戸の布引の滝にほど近いある家に飼われているが、どうしてここで飼われるようになったか、どうもはっきりした記憶がない。
しかし、幼かったとはいえ、人間でいえばもう少年時代だったから、おぼろげながら記憶がないことはない。それはたぶん、こんなことだったように思う。
あとで知ったことだが、吾輩の生まれ故郷は淡路島らしい。その証拠に、布引の滝で何べん洗ってもらっても、吾輩の体から花とミルクとオレンジのにおいがぬけないそうだ。そればかりか、毛の根もとにまだ潮の香がしみこんでいるとみえて、いつだったか、篤光院の友達のチョン公が吾輩の体をなめて
「おまえ、からいな」
といやがった。おそらく磯近くの牧場か花畑で生れ、草にこぼれた牛乳や裏山の蜂蜜をなめて少年になったのだろう。飼いぬしがあったことはおぼえているが、近所にたべものがふんだんにあったから、のら猫同様にそだったように思う。
さてある日のこと、吾輩はふしぎな感覚を経験した。なんだか体がふわふわして、足がよろめくのだ。寝そべっていると、体が上に浮きあがったり下に落ちたりする。気味が悪いので立ちあがろうとすると、よろよろと倒れそうになって立てない。
ははあん、これが船というものかとやっと気がついた。あとでわかったことだが、吾輩は淡路の岩屋と明石とのあいだを行き来する連絡船の客室にいたのである。
船が明石の岸壁について、船客はぞろぞろ降りていった。吾輩だけが船室の隅に残されたらしい。心細くなって縮こまっていると、和服で着流しのおっちゃんが近づいてきて、吾輩を見おろし
「何だ、猫の子が残ってるじゃないか」
とつぶやいた。
そこヘパーサーらしいかっこいいのがやってきたので、その人はいった。
「だれかが捨てていったんですね。可哀そうに…」
事務長はタバコをくゆらしながら
「よくあることなんですよ。犬や猫を捨てるのに、淡路の人はよく島外に持って出ますな。きまって船に置いてゆくんですよ」
「だれかがひろってくれると思うんでしょうな。この猫、わたしもらっていっていいですか」
「ええ、ええ、どうぞ…」
こんなわけで吾輩は、着流しの人に抱かれて船外に出た。振りかえってみると、海はだいぶん荒れていた。淡路島がかすかに見える。あれがわがふるさとかと、いささか感傷にふけっていると、和服のおっちゃんは吾輩をふところに入れて歩きだした。
どこへゆくのかと思って、ふところから首を半分出して見ていると、乗船場のすぐ前の喫茶店のドアをあけてはいった。
「ママいるか」
すると、かみさんらしいのが手をふきながら出てきて、
「まあ、センセ、おひさしゅう」
と懇意そうである。
「船でこんなのひろってきた。ミルクないか」
「まあ、いややわ。そんなのら猫どないしやはりますねん」
センセといわれた人はママに返事もせず、牛乳ビン一本ぶらさげて、国電明石駅にいそいだ。そして売店で新聞を買い、それを上手に折って箱をつくり、なかに牛乳を流しこんだ。そして吾輩の頭をなでてやさしくいった。
「さあ、お飲み」
じつのところ吾輩はペコペコにおなかがすいていたので、紙箱のすきまから乳がもれないうちに、大急ぎで全部なめてしまった。島では朝晩牛乳にありついていたのに、このときほど牛のお乳がおいしいと思ったことはない。
センセは満足そうに吾輩のなめっぷりを眺めていたが、また吾輩をふところに入れて電車にのった。
(後略)


『阪本勝著作集第三巻』阪本勝著作集刊行委員会 P.81?82

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