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稲垣 足穂

いながき たるほ稲垣 足穂

  • 明治33~昭和52(1900~1977)
  • ジャンル: 小説家
  • 出身:大阪

作品名

似而非物語

概要

(前略)
シッカルト氏が彗星を作り出すことはうそではありません。その三箇が神戸の夜天に現われたのを私は知っています。それから一ケ月ほどたって、淡路島の燈台の前の海中に落ちた「花火と人魂との混血児」は、たしかに消え残っていた人工彗星であろうと解釈されました。――この件についてもT・Y氏はすでに知っていました。そして人工星のスペクトラムにみとめられる秘密、すなわち、これはさきの一連のエピソードではなく、純粋な理論物理学的探究の対象であるところの「ポロ級線」について説明してくれましたが、これがまた私をしていっそう糸口を纏らかせてしまう役目しか果しませんでした。というのは、そのような理論が呑みこめなかったことはそれとしても、つまり「星造りの花火」は将来においてならいざ知らず、今日のところはただ――とT・Y氏は申しました――人騒がせな、けれどもなかなか入念に仕組まれたペテンである。そうすると、あの夜私たち、ともかく数千の者が等しく目撃したのは、何者であったか? いっそう見当がつかなくなるではありませんか。そのものは、――風変りな花火として見逃されたことによっても察しられるように――何も眼を見張らせるというたぐいではありませんでした。けれども、世にあってこのような種類に注意を払わぬ流儀の人々ならいざ知らず、私たちには、もはや悲しい気分をそそるほど高所へそれらが昇ることや、それらの透きとおった色彩は、どうしても尋常の花火だとは解せしめなかったのです。そしてこんなものが一時にたくさん昇ったらば、それはなるほど二十世紀の奇蹟に相違ない、ということはよく納得できたのでした。しかも次のような事共に思い当る時にはなおさらです。それは、二、三箇しか使用されなかったらしい例のシリンダーのありかがその後ずいぶん探索されたが、だれも見つけたとはきくことがなかった点や、また当の技術者シッカルト氏が花火が上った前日にすでに神戸港を解纜していたことや……。詮索は他日に任して次の題目に移りましょう。それは、T・Y氏からきかされた「貝殻状宇宙」の発見者に関する別な話です。実はP博士の名は三年ほど前に私は耳にしたことがあります。やはりT・Y氏とつれ立って、かれの学校友だちであるT技師を三鷹村の東京天文台に訪れた折でしたが、その日、――Prof.Palle或いはDr.P.とつたえられるのみでどこの何人やらいっこうに不明な理論物理学者が計画した或る不思議な形而上学的都市について、T技師の口から洩れた時、私はむろんのこと、さすが物識りのT・Y氏も唖然としたものでした。
(後略)


『稲垣足穂全集 第1巻』筑摩書房 223〜224P

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