常設展示

兵庫ゆかりの文学

  1. TOP
  2. 常設展示
  3. 兵庫ゆかりの作家
  4. 兵庫ゆかりの文学
  5. 煌ける城

稲垣 足穂

いながき たるほ稲垣 足穂

  • 明治33~昭和52(1900~1977)
  • ジャンル: 小説家
  • 出身:大阪

作品名

煌ける城

概要

あさ、菊地の家へゆく。石野がきていた。
「ぼく、こんどタルホ君と、孔雀の卵とミルクとを持って象牙の塔へはいるんです」
来合わしていた森川君に云ったので、森川君はむつかしいかおをして考え出した。
「――そういうような気分なのです」
赤い沓下の少年詩人がつけ足して、まじめに半分白眼で天井を睨んだので、菊地がクスリと笑った。
(八月六日)

「奥平野の六ちゃんとこのうしろの、武っていう家へ交渉してもらっている。あすこには噴水があるし、白孔雀がいるし、それに少年もいるからちょうどいいぐあいだと思うのだ。部屋を綺麗にして、もうあんな連中にやってこさせないようにして、否定(これは群盲に他ならぬ一般世間にたいする石野の常用句)していたらよい。それに主人が遠い所へ行っているので、宅には老人と子供ばかりで、さびしいと云っているくらいだから」
石野はそんなことを云った。夜、二度目にやってきた。大きい方の姉さんが昼間作ってくれたといって、赤い格子縞の蝶むすびネクタイを二本取り出した。それを揃えに結んでから元町の方へ散歩する。
「ぼくの探しているのは、七色の月光がたてとななめに射している家だ。迷宮の真昼にある家だ――そんな夢をゆうべ見たのです」
暗い坂道で、星空を見上げながら石野は云う。(七日)

夜、石野が誘いにきて、いっしょに奥平野の森女学校へ出かける。そこの校長さんが、武の主人の留守中の用事をやっているのだそうである。
二人で借りる二階を私に見せようと云うのだったが、校長さんは、「夜だし、明日にした方がいいだろう」と云う。
「どうも有難うございました」と云って表へ出たが、石野は、あすにもそこへ引越すような話ぶりだ。その窓へ深緑色のカーテンを下げ、そこにおける夢がいつも清らかであるために、姉さんの部屋にある聖ポウロの胸像を借りてゆこう。ピアノを置いてぼくは赤い作曲をする。六ちゃんがサモワールを寄附しようと云うんだよ。そう云い出したので、私も、そこへ遊びにくることを許されるのは、最も親しい仲の友だち、わけても美しい少年と唯美主義のアルチストでなければならないと云うと、石野はそうだそうだ、水色のミカヅキこそぼくらの真実だから、と云った。(八日)

おひる前、石野のとこへ出かける。
しょげている。武さんから、病人があるのでお気の毒だが……と云って断りの使いがきたのだそうである。悲観してごはんが喉を通らないと云った。石野は、「でも武さん、ぼくらに好意は持っているのだ」と云って、その理由というのをクドクドと述べたてたが、私にはよく判らなかった。
二階の畳のまんなかに、鋏と画用紙と、糊と、青や赤や黄の布ぎれがちらばっている。これを拵えている時に武さんからの使いがきたので、そのまま放ちらかしたのであろう。
それは、トリッピリズム(原本では傍点がうたれている)と称する石野自身が考案した絵で、ただ画用紙にむちゃくちゃに切った布ぎれが貼りつけてあるだけである。五、六枚あるが、その一つをたずさえて、石野はこのあいだ蘆屋のMさんという院展画家の許へ出かけて、M氏の芸術を罵倒してきたのだそうである。
「まるで気ちがいですわネ」と、段梯子を上ってきた小さい方の姉さんが云う。
「Mやお前らに判るかい。Mは、ペダンチック幇間だ」と石野が云う。
夜、ハガキの速達が来る――
「近頃は角のあるものが好きで、お月さんが三角に、海は海色に、エントツがボール紙製に、夜が遠くの扉のように見えるのです」(十日)

十一時すぎに、石野が新しい洋服を着てやってきた。
「武さんの奥さんが気の毒がって、再度山のお寺へ手紙を書いてくれた」と、大きな封筒にきれいなスミの字を書いたのをポケットから取り出した。
(後略)


『稲垣足穂全集 第2巻』筑摩書房 121?123P

稲垣 足穂の紹介ページに戻る

ページの先頭へ