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兵庫ゆかりの文学

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三好 達治

みよし たつじ三好 達治

  • 明治33~昭和39(1900~1964)
  • ジャンル: 詩人・評論家
  • 出身:大阪

作品名

痴人饒舌

概要

子供の時分私の通つてゐた田舎の小學校は、その界隈何ヶ村かの貯水池になつてゐる大きな池の傍にあつた。池は瓢箪なりにくびれてゐて、そのくびれたところに橋が架つてゐて橋を渡ると乃ちそこが學校の正門になつてゐた。だから學校の運動場も片側が池になつてゐて、池のまはりのそこのところには杉の林が植つてゐたが、きらきらと光る水の面は晝間中木立の間に透いて見えた。私は池の周りを半周する片側が笹藪になつた細い小徑を通つて毎日その學校に通つた。だから今日でもその田舎の――その學校では校長先生自ら毎時間半鐘を敲いて授業の始め終りの合圖をする習慣であつた――そんな鄙びた小學校の我々小學生の鄙びた生活を折ふし想ひ起すごとに、私の眼に最初に浮んでくるものはやはりその池である。私はまたその池の、季節はさう萬物の?々として子供心にも胸のひろがるやうな思ひをした暮春から初夏盛夏の交であつたろう。その池の小徑からは反對側の遠い向ふの方に二羽三羽水禽の游いでゐるのを他界のものを見るやうな一寸類ひのない氣持で通學の往き還りにうつつなく眺めやつたのを、これは今もなかなか忘れ難い。その頃私は田舎に逼塞して暮してゐた祖父母の許に、病後の保養かたがた預けられてゐたのであつたが、その時分から更に二三年もたつてその町にはじめて電氣がひけ、電燈のともつた時には町中こぞつて提灯行列やなんぞでお祭騒ぎをした位の、その草深い薄暗い町の、わけてまた老人二人の極めてひつそりとした陰氣な貧しい暮しぶりの中で、病弱な私がどういふ夢を見てゐたものか。細々としたことはもとより今ではすつかりと忘れてしまつたが、今でも私の眼に時たまふと、その池のその水禽の姿がほんの先ほど見かけたものかなんぞのやうに彷彿と浮んでくる時に私の覺えるその氣持、うつつもないその氣持は明らかにその頃の私の生活感情を間近な背景としてゐて、それは漠然として捉へどころのないながらにその印象は妙に感銘的で――それがわが身ながらに憐れである。
その水禽というのは、外でもない、あの極ありふれたかいつぶりであつた。私はそのいつもうつぶせ加減にうなじを屈めてゐるまるまつちい小柄な水禽を、きらきらと光る或はまた青黒くどんよりと澱んだ水面の遠くの方に、その時々のさまざまな位置に見出して、それが靜かに自由に游戈しているのを、それをさうしていつまでもぼんやりと眺めてゐるのは、決して美しいものにただ見とれてゐるというだけの眼を怡ばせるだけの氣持ではなく、何か私の願はしいものの願はしいありやう――融通無碍な振舞を、それに見とれてゐることでいくらかは自分のものとする、とでも言へば言ひうる。つまり半ばは意欲的なその意欲的な分量だけまた哀切な氣持で、勿論そんな反省はなしに、けれどもそれが私の私ひとりの祕密のやうなものだとは薄々感づきながら、いつもその池のほとりの小徑からまた學校の杉の林の間から、そのかいつぶりを眺めやつたものであつた。

世に「阿呆の鳥好き」といふ言葉がある。かういふ言葉の存することを知つたのはもとよりずつと後年のことに屬するので、ただもうその時分には自ら省みてなるほど簡潔なうまい言葉が存するものだと思ひ當る節はあつたが、それかと言つて自らを戒めるためには聊か後の祭りの憾みがあつた。先年京都の驛前で土産物を買はうとして立寄つたその商店の店先で駒鳥がしきりに甲高く意氣込みよく囀つてゐるのを、そこの主に推賞すると主は眉をひそめていつも細君から「阿呆の鳥好き」やと言つて小言をくつてゐるのだすといふやうなことを正直に白状した。市井にも時にこのやうな痴者の見當るのは敢て珍らしいことでもないが、えてしてこの種の痴者は細君のお小言を蒙つてゐるらしい。凡そ細君なるものは鳥を愛する人種ではない――といふのは一考に價する題目でもあらうがここでは餘り興味がないので省略に附して、さてその鳥好きの方の側の痴呆性であるが、ここで鳥好きといふのは小鳥などを籠に飼つて暇つぶしをする趣味といふほどの意味であらうが、飼鳥の趣味といふのは一寸また一種別天地のことに属するのでしばらくそれは措いていふと、鳥好きといふその嗜好自身が既に一つの翼ある思想――ものの考え方を、端的にそうして婉曲に心の前方に差出してゐるもののように考へられるのである。我々の國の所謂日本的なる傳統のもののあはれ、もののあはれの文學的結晶と言つてもよろしからうところの風流、その風流の四つの象徴の花鳥風月のうち、最も人の心に複雑な訴へ方で訴え來るものは、囀鳴と賦采とを兼ね具へてしかも木の間をかいくぐり雲表に遊ぶところのかの羽族でなくてはならないやうに思はれる。さてさうなら、かの鳥好きの心は、またやがてもののあはれを知る心に最も距離の近い――と言ふよりも寧ろ兩者は一つのものと言つてもいいほどの相似通つた心情ではあるまいかしら。
(後略)

『風蕭々』河出書房 345?348P

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