奇才ヒエロニムス・ボスは人間の根源的な罪を見つめ、欲望にまみれた人々を待ち受ける「地獄」を鮮烈なイメージで描きました。死後を表す夢の世界や、あるいは聖人を攻撃する悪魔たちの世界など、類稀なる想像力が紡ぐその奇想のイメージは大変な人気を博します。その後に続くボス派の作家たちの中でも、とりわけ「第二のボス」としてその豊かな創意を讃えられたのはピーテル・ブリューゲル(父)です。ボス風の怪物や悪魔の世界は、ブリューゲルの鋭い観察眼によって親しみを増し、息子や一族に受け継がれていきました。また、バロック美術最大の巨匠ルーベンスはリアリティと深い感情表現を追求し、悪魔たちでさえ理想的な身体を持って、恐れや怒りといった感情を激しく表出した姿で描かれました。
1830年に国家として独立を果たしたベルギーは産業革命の波に乗り、イギリスの工業技術をいち早く取り入れて国力を充実させました。こうした社会的状況下、1880年代の後半には科学の世紀に背を向けて想像力と夢の世界へ沈滞しようとする象徴主義の傾向が現れます。ボードレールに敬愛された画家フェリシアン・ロップスは、死神や魔性のものたちを蠱惑的に表現しました。彼は死を主題としつつも、魂の解放と上昇をも描こうとしたのです。一方で、フェルナン・クノップフやレオン・スピリアールトは、暗示的な風景や自画像を描き自身の深奥に沈み込んでいきました。またジェームズ・アンソールは、極めて個人的な世界を題材としながらも、骸骨や仮面といった伝統的な表象を用いて、鮮やかな色彩の中に自身が抱えていた孤独や怯えを噴出させました。
ボスから始まった芸術における奇想の表現は時代とともに形を変え、20世紀に入ると絵画や版画のみならず、彫刻、音、インスタレーションへとさまざまなジャンルに取り入れられました。両大戦間にヨーロッパを席巻したシュルレアリスム運動はベルギーでも活発な動きを見せました。ルネ・マグリットやポール・ヌジェ、ポール・デルヴォーは各々の表現を追求し、日常の風景に忍び込む奇想の世界を表しています。詩人から芸術家に転身したマルセル・ブロータールスは、言葉や芸術をとりまく社会的・経済的な事象に鋭く切り込み、後続の芸術家たちに多大な影響を与えました。国際的なレベルでの活動とベルギー人としてのアイデンティティの両立を目指す現代の芸術家たちの中には、ヤン・ファーブルのように過去の歴史を参照しながらまったく新たな表現を開拓する優れた芸術家たちがいます。