「大エルミタージュ美術館展」オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち 2017年10月3日[火]~2018年1月14日[日]兵庫県立美術館

プロローグ

 18世紀後半にロシア帝国を統治した女帝として知られるエカテリーナ2世は、エルミタージュ美術館が世界有数の大美術館となる基礎を築いた人物でもあります。本展の冒頭を飾るのは、そのエカテリーナ2世の戴冠式の姿を描いた肖像画です。勤勉で教養豊かな女帝の、堂々たる姿が表されています。
エルミタージュ美術館の多岐にわたるコレクションの中でも本展で主にご紹介するのは、ルネサンスからバロック、ロココにいたる16世紀から18世紀にかけての巨匠たち、いわゆるオールドマスターと称される西洋画家の作品です。この時代、西洋社会は宗教改革と対抗宗教改革、絶対王政と市民革命など、度重なる秩序の変転を経験しました。その進む方向も速度も国・地域によって異なり、絵画の主題や様式も各国・地域の社会的な事情を大いに反映したものとなります。本展は国・地域ごとの章構成とすることで、それぞれの国・地域の人々がこの時代、どのような絵画を愛したかが見て取れるようになっています。

ウィギリウス・エリクセン《戴冠式のローブを着たエカテリーナ2世の肖像》1760年代 油彩・カンヴァス
©The State Hermitage Museum, St Petersburg, 2017-18

1 イタリア:ルネサンスからバロックへ

 西洋美術の歴史に燦然と輝くルネサンスの時代を現出させたイタリアは、教皇国家の首都ローマや海上商業帝国の覇者ヴェネツィアといった都市の繁栄と成熟を背景に、美術の一大中心地として君臨しました。 本章の最初に登場するティツィアーノの清新な女性像は、優美さと生命力に満ちた官能性とが調和したもので、ルネサンスの時代の性格をよく伝えています。その後ローマ・カトリック教会の牙城としてのイタリアにおいては、劇的な効果を強調して身近な現実を自然主義で描く表現によって宗教画が一新され、バロック絵画の時代を迎えました。

18世紀にはカナレットに代表される「都市景観図ヴェドゥータ」の画家たちが活躍し、都市を正確な線遠近法で描いた風景画は、とりわけイタリア国外で人気を博しました。
このようにしてイタリアはルネサンスやバロックの美術を主導してヨーロッパ各国の芸術家に強い影響を与えながら、西洋絵画の新たな出発点となっていったのです。

カナレット(本名ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)《ヴェネツィアのフォンダメンタ・ヌオーヴェから見た、サン・クリストーフォロ島、サン・ミケーレ島、ムラーノ島の眺め》
1724-1725年 油彩・カンヴァス

左から ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《羽飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像》1538年 油彩・カンヴァス
ポンペオ・ジローラモ・バトーニ《聖家族》1777年 油彩・カンヴァス
グイド・レーニの工房《エウロパの掠奪》1632-1635年 油彩・カンヴァス
©The State Hermitage Museum, St Petersburg, 2017-18

2 フランドル:バロック的豊穣の時代

 フランドルの17世紀は、北方バロック最大の巨匠ルーベンスとその工房が圧倒的な影響力を発揮した時代です。ほぼ現在のベルギーに相当する当時のフランドルでは、都市アントウェルペンを中心にカトリックを復興すべく宗教建築が盛んになり、宗教画の需要が急速に増大していました。17世紀前半、そこに華々しく登場してきた画家こそがルーベンスでした。彼は華麗な色彩表現や、健康的な官能美に溢れる豊満な裸婦の造形による歴史画や神話画を描き、円熟したバロック様式を確立しました。

 17世紀前半のアントウェルペンで活躍したヴァン・ダイクやスネイデルスなどの重要な画家の大半は、ルーベンスの工房で修業をしたり、共同での制作をしたりしていました。とはいえ、彼らは単なる助手や弟子というわけではなく、静物や風景などを描く各分野の専門家として工房制作に参画して作品の質の向上に大いに貢献しました。こうしてルーベンスという巨大な存在を中心にして様々な才能が開花し、豊穣なバロック絵画が結実していったのです。


左から ピーテル・ブリューゲル(2世)(?)《スケートをする人たちと鳥罠のある冬景色》1615-1620年頃 油彩・板
フランス・スネイデルス《鳥のコンサート》1630年代-1640年代 油彩・カンヴァス

左から ペーテル・パウル・ルーベンスと工房《田園風景》1638-1640年頃 油彩・カンヴァス
アンソニー・ヴァン・ダイク《王妃ヘンリエッタ・マリアの2人の侍女:カーク夫人アン・キリグルーとおそらくはストレンジ男爵夫人シャーロット》
1630年代末 油彩・カンヴァス
ヤーコプ・ヨルダーンス《クレオパトラの饗宴》1653年 油彩・カンヴァス
©The State Hermitage Museum, St Petersburg, 2017-18

3 オランダ:市民絵画の黄金時代

 17世紀のオランダでは、西洋美術の歴史全体においても他に類を見ないほどの驚くべき質と量の絵画が制作されました。世界最大の国際貿易港となったアムステルダムを中心に、新しい市民階級が台頭して絵画の需要が飛躍的に高まり、まさに絵画の「黄金時代」と呼ぶにふさわしい時代が成立したのです。

 富裕階級だけでなく一般のオランダ国民にも愛好されて17世紀オランダ絵画の中核となったのは、平易で親しみやすい風俗画、風景画、静物画など、世俗的な分野の絵画でした。肖像画の名手として活躍したフランス・ハルスをはじめ、多くの画家たちは自分の得意とするそれぞれの分野の専門家として制作していき、最も多面的で万能型であったレンブラントは例外的な存在でした。

 「現実の鏡」とも呼ばれるほどの迫真の描写力で日常的な事物をとらえたオランダ絵画は、広く市民に愛されて家庭の壁を飾るとともに、その市民生活全体の繁栄ぶりを伝える鏡ともなっていました。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《運命を悟るハマン》1660年代前半 油彩・カンヴァス

左から フランス・ハルス《手袋を持つ男の肖像》1640年頃 油彩・カンヴァス
ピーテル・デ・ホーホ《女主人とバケツを持つ女中》1661-1663年頃 油彩・カンヴァス
ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘーム《果物と花》1655年 油彩・カンヴァス
©The State Hermitage Museum, St Petersburg, 2017-18

4 スペイン:神と聖人の世紀

 16世紀に「太陽の沈まぬ国」として隆盛を極めたスペインが、絵画において諸外国の影響から脱するのは17世紀のことです。王国はこの頃には斜陽期にさしかかっていましたが、スルバラン、ムリーリョ、リベーラなどによるスペイン絵画の「黄金時代」は、この悲痛な時代に訪れました。
 対抗宗教改革を推進したフェリーぺ2世の後を受けたこの時代のスペインでは、人々を禁欲的で敬虔なカトリック信仰に導く宗教美術が推進されました。スペインの宗教画の特徴は、聖書の伝説を身近な現実のエピソードとして理解する点にあります。まるで市井の少女であるかのように聖母を描いたスルバランの《聖母マリアの少女時代》、巷の孤児や庶民に多く取材したムリーリョなどは、その代表格といえるでしょう。これらは宗教画として人々に信仰の精神を伝えながら、政治・経済的には衰退の時を迎えていた同時代スペインの人々の暮らしを映しだしています。


左から フセペ・デ・リベーラ《聖ヒエロニムスと天使》1626年 油彩・カンヴァス
フランシスコ・デ・スルバラン《聖母マリアの少女時代》1660年頃 油彩・カンヴァス
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《幼子イエスと洗礼者聖ヨハネ》1660年頃 油彩・カンヴァス
©The State Hermitage Museum, St Petersburg, 2017-18

5 フランス:古典主義的バロックからロココへ

 17世紀フランスは絶対王政を確立し、ルイ14世親政期(1661-1715年)には、財務長官コルベールの重商主義によって他の西洋諸国を凌ぐ豊かで強力な国となりました。王立絵画彫刻アカデミーもコルベールによって再編され、美術において中央集権体制を支える柱となりました。その教義の多くは、厳格な秩序と安定した絵画世界を追求するプッサンの古典主義様式に由来します。
 続くルイ15世の治世(1715-1774年)は、ロココの時代とほぼ重なります。ヴァトーやブーシェ、フラゴナールに代表されるような、優雅で軽快、遊び心や郷愁を特徴とするロココ絵画はフランスで花開き、他のヨーロッパ諸国の絵画に対して圧倒的優位を誇りました。ロココ絵画は経済的繁栄を背景に成長しつつあった新興中産階級にも受け入れられ、芸術家のパトロンともなった彼らの好みを反映して、シャルダンのように市民の日常生活を描く画家も現れました。


左から ニコラ・プッサン《エジプトの聖家族》1657年 油彩・カンヴァス
ジャン=バティスト・シメオン・シャルダン《食前の祈り》1744年 油彩・カンヴァス
ジャン=オノレ・フラゴナールとマルグリット・ジェラール《盗まれた接吻》1780年代末 油彩・カンヴァス

左から クロード・ロラン(本名クロード・ジュレ)《港》1630年代末-1640年代 油彩・カンヴァス
ユベール・ロベール《運河のある建築風景》1783年 油彩・カンヴァス
©The State Hermitage Museum, St Petersburg, 2017-18

6 ドイツ・イギリス:美術大国の狭間で

 16世紀、宗教改革の中心地となったドイツ(当時の神聖ローマ帝国)では、旧教・新教の対立が国内の政治的分裂を強め、国力衰退の原因となりました。ドイツ絵画もそのような社会状況の影響を少なからず受けましたが、人文主義と宗教改革の影響を受けて活躍したクラーナハなど、北方ルネサンスの巨星を多く輩出しました。《林檎の木の下の聖母子》も、独特の官能性を湛えた人物像で名高いクラーナハの優品の一つです。
 16、17世紀のイギリスは、教会政策の動揺や清教徒革命、名誉革命などによる混乱で国内は不安定な状態が続き、その間絵画も他国の影響下にありました。政情が安定し、経済力もつき始めた18世紀以降、イギリス絵画の質は次第に向上します。この時期、フランドル出身のヴァン・ダイクなどの影響を消化して、冷静な優雅さを湛えた肖像画を描くゲインズバラのような優れた画家を出しました。


左から ルカス・クラーナハ《林檎の木の下の聖母子》1530年頃 油彩・カンヴァス
トマス・ゲインズバラ《青い服を着た婦人の肖像》1770年代末-1780年代初め 油彩・カンヴァス
©The State Hermitage Museum, St Petersburg, 2017-18

大エルミタージュ美術館展
オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち

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