ギリシャ神話のピュグマリオン伝説では、自ら彫刻した女性像に恋をしたピュグマリオンが女神アフロディテに祈り、像が生きた女性になったという物語が伝えられています。この伝説にあるように、古来より美術作品は虚構と現実のあわいをゆれ動く側面があったといえます。
特集1では、当館の近現代の作品の中でも「リアル」を追求しながら同時に「フィクション」であろうとする、またその逆に「フィクション」でありながら現実世界の在りようを如実に表す、といった虚実のあわいに位置する作品を展示して、その多様な表現をご紹介します。
また、本特集は2021年度(一部2022年度)に「大和卓司氏遺贈記念収蔵」により加わった作品群から、これまでに公開していなかった作品をご紹介する機会となります。新たに加わった現代美術作品を交えて、当館のコレクションをご覧いただきます。
絵画や彫刻で写実性を追求する時、それは一般に、フィクションの世界である作品に現実を写し取ろうとしているのだといえます。しかし、いつしか現実の似姿であることを超えて、描かれたモデルの生き様と存在そのものが立ち現れてくるような作品があります。また一方で、現実を写し取っているようでいて、現実からの意図的な「ズレ」を内包する作品も見られます。
フィクションとして世界観を作り込んだ作品の中に、現実に通じる回路が内包されている、或いは、ドキュメンタリーとして撮影された映像や、客観的事実であるかのように振舞う年表の中に、記憶や記録が上書きされることによってフィクションが紛れ込む。本章では、そのような形でリアルとフィクションが綯交ぜになった作品を展示します。それらは現実世界の一側面や人間の性をありありと表しています。
「もの派」は、石や木片などの自然素材、或いは縄やパイプといった何気ない「もの」を、ほぼ手を加えない状態で空間に提示した、1960年代後半から70年代にかけての動向です。そこでは先入観や決定済みの意味を通してではなく、「もの」と「もの」、「もの」と空間や、それを見る人との関係を問い直すことによって、あるがままの世界を開示することが目指されます。
2014年に当館で開催した「美術の中のかたち」展のために描かれた横山裕一のネオ漫画〈ふれてみよ〉シリーズでは、当館が所蔵する彫刻作品が漫画のキャラクターとして、或いは漫画の中に風を起こすものとして(ジム・ダイン《植物が扇風機になる》)登場します。そこでは我々と地続きの3次元世界と描かれた2次元世界の間を、立体作品が自由に行き来します。本章前半では〈ふれてみよ〉シリーズとそこに登場する彫刻作品が再び一堂に会します。
後半は、一つの映像データを変換し、映像、石板、金属板等様々な媒体にアウトプットした林勇気のインスタレーション作品や、日常的なモチーフを意図的にズラして見せる立体作品をご紹介します。
神戸生まれの小磯良平は、巧みな具象表現によって多くの人物画を生み出しました。それらの作品は、モデルを目の前にいるかに思わせる一方で、筆さばきや小物、ポージングなど、端々に画家の意図を見ることができます。本展では、小磯が手掛けた写実的な人物画、肖像画を中心に、対象を克明に描く小磯のまなざしを映す作品を展示します。
金山平三は、その生涯の多くを写生旅行に費やした旅の画家です。特に出身地である神戸や、大石田(山形県)、下諏訪(長野県)などは、画家が時をおいて何度も滞在し作品を制作した土地です。これらを描いた風景画は、その土地自体の移り変わりとともに、金山自身の変化をも含んでいます。本展では、金山の風景画を主なたよりに、様々な時間軸を組み込んだ作品の変遷をたどります。
常設展示室6(後期)では「近現代の書」として、明治から平成までの書作品をご覧いただきます。
兵庫県は多くの著名な書家を輩出し、現在もなお書道が盛んな地域です。近現代の書家たちは、伝統を継承しながらも、それぞれが新たな表現を模索しました。漢字や仮名、前衛書に篆刻、時に絵画とも一体となって表現された、多彩な書の世界をお楽しみください。