IN MY ROOM / ON THE ROAD -私の部屋、あるいは路上にて 2015年3月21日[土・祝]〜7月5日[日]

PART 1   部屋からはじまる展示室1南

小清水漸《作業台−曲水−》1983年

小清水漸《作業台−曲水−》1983年

篠原有司男《モーターサイクル・ママ》1971年

篠原有司男《モーターサイクル・ママ》1971年

私の部屋に私がいることからはじまる作品があります。私が「いる」とはどういうことでしょうか?部屋に「ある」ものと私の関係はどうなっているのでしょうか?部屋での時間は過ぎ去っていくようでもあり、止まっているようでもあります。あの部屋に入るためにこの部屋を出ようとしているのでしょうか、あるいはその反対でしょうか?外から隔てられた部屋は、私が自分を取り戻す場所であると同時に、さまざまに生まれるこうした問いが大きく膨らんで、ついには私を消滅させてしまう場所でもあります。安逸な部屋がはらむ危機の気配から生まれた作品は、別なる空間、別方向への時間の流れを示唆します。

PART 2   山を眺める、あるいは疾走展示室1北

元永定正《ヘランヘラン》1975年

元永定正《ヘランヘラン》1975年

白髪一雄《黄帝》1963年

白髪一雄《黄帝》1963年

窓に目をやり、遠くの山を眺める。その見晴るかしたところに、自身の身体と想念までをも飛びたたせていくことで生まれる作品があります。それらからはたっぷりした空気の感じと、軽やかで自由な何かを感じることができます。一方で、自身の身体を限定的に使って生み出す作品があります。身体が直接に強くかかわる作品は疾走感にあふれ、そこに残された物質は精神性さえ帯びています。このように作者によって生きられた身体が強くあらわれた作品は、作品の生まれたその場と時間が臨場感をもって迫ってきます。

PART 3   部屋の中の風と雲と虹、そして暗闇 展示室2

部屋には常に、私以外の誰かがいるか、もしくは、いないのです。いるにしてもいないにしても、部屋の中には風が通り抜け、雲と虹があらわれます。しかし、暗闇がひそんでいることも確かです。そこでは息ができるようでもあり、できないようでもあります。部屋にはめくるめく快楽と孤独が同居していて、私の肉体と感情はそれに翻弄されます。ここで展示する版画作品には、そうした部屋で気づく決定的な「他者」と私の関係 あるいは無関係をめぐる物語が隠されていそうです。

黒崎彰《闇のコンポジション A》1970年

黒崎彰《闇のコンポジション A》1970年

PART 4   日本の家屋/旅路の風景 展示室3

小出楢重《春に向かう風景》1921年

小出楢重《春に向かう風景》1921年

飯田操朗《室内》1933年

飯田操朗《室内》1933年

全ての画家がはじめから、広くて光の具合の行き届いたアトリエを持てたわけではありません。天井に頭がつきそうな2階の部屋で、あるいは縁側に続く奥の六畳の間で描かなければいけない時間はずいぶん長かったのです。また、旅路の果てに出会う人々の姿と異国の風景への憧れと珍しさが勝って、絵を描く眼で対象をとらえきれない時代も長かったことでしょう。しかし、なんとか苦労・工夫してやってきました。そうした苦心は、時に絵にちょっとした奇妙な味わいを加えています。

PART 5   彫刻、そっと目をとじて 展示室5

コートのポケットに手をつっこみ、バッグを肩にかけて歩く人々の姿、あらわな胸で戸口に立つ女、頭を傾け目をふせる胴部と臀部だけの女、碑である台にのり正面を向く両腕と頭髪のない男など、人の姿のいくつかの彫刻作品は、形や面を目でとらえる楽しみ以上に、私たちを内省に向かわせます。それにしても、これらの彫刻の人々は、もとはどこにいるのでしょうか?地下鉄駅の構内、部屋の内側、あるいは外側、私たちが歩む道の途上、それとも黄泉路(よみじ)?美術館の抽象的な空間におかれた彫刻から、ある特定の場を想像してみてもいいかもしれません。

ヴィルヘルム・レームブルック《女性のトルソ》1910−14 年

ヴィルヘルム・レームブルック《女性のトルソ》1910−14 年

PART 6   地をみつめて、そして犬 展示室4

安井仲治《犬》1935年/2010年

安井仲治《犬》1935年/2010年

籔内佐斗司《犬モ歩ケバ》1989年

籔内佐斗司《犬モ歩ケバ》1989年

地面を見つめる低い視線から生まれる作品があります。地面と平行に四周に満遍なく投げるかける 視線とも、見上げる視線とも違う、地を這う視線は、全てを地続きにあるものとしてとらえようとします。そうして地面を見つめていると、犬が目に入ってくることがあります。とっさに身構え、犬と自分の距離を測って しまいますが、犬はつながれているかもしれません。だからといって、犬との距離がなくなる わけではありません。犬と地面、地面と私、私と犬の間にある空気までもが意識にのぼってきます。

PART 7   作者が、本当にいるところ 小磯良平記念室/金山平三記念室

小磯良平《窓(下図)》1958年

小磯良平《窓(下図)》1958年

金山平三《無題(花の咲く家》1914年頃

金山平三《無題(花の咲く家》1914年頃

小磯良平はいくつか持っていた自身のアトリエだけでなく、教鞭をとった大学の研究室や教室、そして時に自宅の居間や居室を絵にとりこみました。広さの感覚や光の調子、窓外に見える光景は部屋ごとに異なり、そうした違いそのものが小磯の描く意欲を刺激したのです。金山平三が画架を立てたのは、風光明媚で見どころのある名所ではありません。地形のつながりが読みとりにくい所や、奥行きに意外な感じのある所を自身の立ち位置に選び、それをあたかも広角あるいは望遠レンズで見るように眺めて描きました。

PART 8   密室の中の私、風景の中の私 展示室6

村上華岳《海巌暮鳥之図》1935年

村上華岳《海巌暮鳥之図》1935年

東山魁夷 版画集『古き町にて』より《地図》1964年

東山魁夷 版画集『古き町にて』より《地図》1964年

日本画は、顔料や膠といった絵の材料とそれを扱う技法において、そして何を描くかというモチーフにおいて、伝統や古来の表現と結びついていると思われています。そして、それゆえ日本画の世界では近代的な芸術の主題である「私」が忘れられる傾向があります。そうした中にあって、村上華岳と東山魁夷は制作が自分自身の追求であることを強烈に願い、そのことを折りにふれ周りに伝えました。そして、ふたりの 言葉によれば、人生と制作とは、まさしく密室の中の祈りであり、風景の中の永遠の旅でした。