オランダ絵画の黄金時代−アムステルダム国立美術館展
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Amsterdam

第1章画家とその世界
 この章では、17世紀の画家たちがどのような状況であったかを示す絵画をご紹介します。16世紀末にオランダはスペインから独立し1585年にネーデルラント連邦共和国が成立しますが、共和国の成立によって画家たちをめぐる状況は大きく変化しました。それまでの貴族や教会などといったパトロンからの大きな注文は減少し、代わって絵画の多くが市場で取引されるようになりました。中産階級の市民たちが絵の担い手となり、比較的小型の作品が多く描かれるようになり、画家の数や取引される絵画の数が増大したことがこの時代の美術の特徴となっています。画家たちは同業者組合(ギルド)を組織し、その一員として活動することにより自分達の利益を確保し、守ろうとしました。

レンブラント・ファン・レイン 《青年期の自画像》

レンブラント・ファン・レイン
《青年期の自画像》1629年頃
アムステルダム国立美術館蔵

  17世紀オランダを代表する画家レンブラントの、最も早く描かれた自画像のひとつです。レンブラントはレイデンで生まれ、その町で画家としての修行を積み、1631年にアムステルダムへ移りますが、これは年代からみてアムステルダムへ移る直前、23歳ごろの作品です。レンブラントは生涯多くの自画像を描いていることで知られていますが、この作品は人間の顔やその表情を研究するために描いたものであるとされています。人物の背後から光をあて、顔面を覆う明暗の表現にはこのころレンブラントが抱いていた光と陰の描写に対する関心がみてとれます。髪の毛は,絵具がまだ乾ききらないうちに筆の軸を使ってひっかいた表現がなされており、エッチングの技術を参考にしたものであるといわれています。

 これは集団肖像画とよばれる作品のひとつで、聖ルカ組合という画家の組合のメンバーを描いた作品です。聖母マリアを描いたとされる聖ルカは画家の守護聖人であり、画家の組合の名称にこの聖人の名が使われました。ヤン・デ・ブライは著名な肖像画家であり、画面左から2番目に描かれている人物です。中央に座ってこちらを見ている堂々とした人物は真鍮鋳物師で銅細工師でもあるヘリット・ムルラートであり、彼はこの画家組合の庇護者の像が浮き彫りで施された飾り板を私達の方へ示しています。テーブルを囲むように配置されたそれぞれの人物は、表情やしぐさが巧みに描き分けられながらも統一感が保たれており、ブライの肖像画家としてのすぐれた技量が伺えます。  ヤン・デ・ブライ 《ハールレム、聖ルカ組合の理事たち》

ヤン・デ・ブライ
《ハールレム、聖ルカ組合の理事たち》1675年
アムステルダム国立美術館蔵


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