大正時代の「1924」に続いて、やなぎさんが取り組んだ演劇作品は、第二次大戦前後の日米を舞台にした「ゼロ・アワー〜東京ローズ最後のテープ〜」である。東京ローズとは、日本軍による対米謀略放送において、プロパガンダアナウンサーを務めた女性たちの呼び名である。彼女たちの多くは日系アメリカ人で、たまたま開戦時に日本に滞在していたため、これに従事することを余儀なくされた。劇中では、「Greeting, my fellow orphans in the Pacific, How are you?」(こんにちは、ごきげんはいかが?太平洋の孤児たち)という、様々な女性の甘い声が流されたが、やなぎさんは、放送時に米兵の戦意を喪失させたという女性の声の質にこだわり、音楽家フォルマント兄弟の協力を得て、それらを妖艶に再現した。複数いたとされる東京ローズの正体はその声を聞いた人によって異なり、誰でもあり、誰でもないのであるが、そのような仲介的存在、透明な存在をやなぎさんは案内嬢たちに演じさせたのである。コスチュームももちろん、やなぎさんのデザインである。
また、この作品では一人の女性を東京ローズに仕立てて有罪に導いたラジオ局の男性と、ローズたちの声を聞き分けていた米軍の通信兵が、罪の意識を感じながら延々と終わらないチェスを続けるシーンが描かれているが、やなぎさんによると、当初は祝祭であったはずの演劇も、ロングランとなると機械的に、安全に同じことを繰り返すショウとなる。同じことを繰り返す大きな徒労が果てしなく続くのが演劇であり、この作品にもそのような視点が込められているという。
この作品では日本で2013年に初演を行われた後、2015年には、2週間の間に北米5都市を巡回するツアーが敢行された。
ゼロ・アワー チラシ
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